誕生日メッセージありがとうございます 

 冗談ではなく、2─3年前から「おれって40何歳だっけ?」とすでによくわからないときがありまして衝撃をうけています。若いころ、自分の歳がわからなくなっている年寄りを笑っていた自分が心底恥ずかしい。

 昨日たぶん42歳になりまして、ことしもたくさんの方からほしくもない誕生日のお祝いFacebookメッセージをいただきました。

 「きょうは岡本篤さんの誕生日です」とかいうおすすめに乗せられて書くほうはいいんですけど、もらうほうは圧倒的一方的かつ一斉同時に圧倒的大量の低品質メッセージを受け取ってしまうわけで、もうこれはFacebookのおおいなるおせっかい、みんなの善意を迷惑メールに自動変換するシステムでしかありません。

 Facebookは誰かの誕生日にメッセージを送ろうとする人にたいしては

「岡本篤さんはきょう大量のお祝いメッセージを受信する可能性があります。あなたのメッセージはそれほどの価値がありますか?」

とちゃんとダイアログを表示してほしい。みんな卒然と悟り、私への新しい仕事のオッファーとか気分がよくなるおべんちゃらとか、こんどデートしませんかとか、じつは前から嫌いでしたとか、意味のある書き込みをつけくわえるようになるはずだ。

 古い友達はだいたいわたしの性格を知っているのでメッセージをよこしてこないのですが、2016年に新しくしりあった人などはわたしのきわどいズボラさを知らないので律儀にメッセージを送ってきてしまう。政治関係の人などはよく知りもしないのに「おめでとうございます」などと選挙活動まがいのメールを送ってくる。さすがに四十づらさげて「あんただれ」とは返事はできないのでまああたりさわりのない御礼メッセージを返すわけですね。

 誰しも齢40もすぎると残りの人生は長くないなとおもう。誕生日は残余の人生にむけて気合いを入れる格好の機会なわけですが、その記念日が来たとたんに大量のあまり意味のない返信メッセージを書くためにまた大事な人生の時間を浪費してしまう。

 これはなかなか逆説的に「ああ、こうやってわたしは死んでいくんだな」と人生の悲哀を堪能できるよくできたシステムなのかもしれません。やるなザッカーバーグ。Facebookのおかげでなるほど人の世は迷惑のかけあいでなりたっているということを今年も知ることができました。

 というわけで、みなさんまた1年よろしくお願い申し上げますてへぺろ。


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[2017/01/12 00:52] よもやまコメント | トラックバック(-) | コメント(-)

飲むならトランプということである 

 友人たちがFacebookのタイムラインであまりに感情的にトランプ当選を嘆くので驚いた。この国はさすがアメリカの属国だけあると思う。

 ああまたイヤミを言うてしまった。

 俺はぜんぜん驚かなかった。2000年の選挙を思い出しても、今回ほどの僅差で推移していればトランプが勝ってもまったくおかしくないし、そもそもアメリカはほとんど差別主義者のイナカモンの国なのだ。

 かつてカヤックツーリングにアラスカに行ったとき、アンカレジのユースホステルでメシを食っていたらいきなり「ブタみたいに食いやがって」と白人から言われたことがある。あまりに唐突だったのでボーゼンとしてしまい言葉も出なかった。

 なにせ日本から到着したばかりの欧米圏。いろんな人が出入りするユースホステルの共同食堂である。客人として失礼があってはならないと、ラーメンを音を立てずに丁寧に食べようとしていたさなかのできごとだったから余計に驚いた。なるほどこういうのを差別というのだ。

 その後新聞社で仕えることになった上司は元共同通信のニューヨーク支局長だったが「ニューヨークは洗練されてて大好きだがアメリカはドイナカモンばっかりで大嫌いだ」と言っていた。

 アメリカなんてその程度の国だ。カリフォルニアとニューヨークだけを見て幻想を抱く方がおかしい。いまだにテンガロンハットのカウボーイがセルフイメージで、進化論を教えていない地域もあるのだから推して知るべしだ。たとえば群馬県民が全員いまだに国定忠治をヒーローにまつってるようなものだと思えばいい。(※いや群馬って尊敬すべき人や会社が多いですよ)

 一緒に酒を飲むならトランプだ。

 酔っ払って暴言吐き出したらあの爺さんはメチャクチャおもしろいだろう。日本の田舎の土建屋にもいるよなああいうタイプ。下品で「チョン」「ブラク」とか平気で言ってるけど、気前が良くて男気のあるタイプ。ムチャクチャだけど、まあまかせとけば悪くはしない。

 あと、トランプは100%自腹で奢ってくれるだろうが、ヒラリーはそこんとこも心もとない。領収書とかちゃんともらってて、酔いが冷めそうだ。



[2016/11/11 12:38] よもやまコメント | トラックバック(-) | コメント(-)

定時退社が招きかねない問題 

 わたしの会社では、この春から定時退社を月に1回始めた。すでに月に3日になっている。

 しかし、幹部会議で話題になるのは「定時退社にしたけど会社の業績が下がったね」なんてことにならないか。心配なのである。

 でも、始めた。今のところスタッフは喜んでくれているようだ。

 そんなわけで、定時退社の導入でどういう問題が発生するかについて、ここのところずいぶんモヤモヤしてきたけれども「俺の問題は誰かがすでに解決している」がネットのならいである。たいへん参考になる先行事例があった。


定時退社を導入するとどうなるか
http://anond.hatelabo.jp/20161022131254


 発生しかねない問題はここに凝縮されていると思う。

 ムリヤリまとめよう。会社が残業を短縮する場合の問題点は段階的に解決すべきであって、一足飛びに残業の禁止で解決できるものではない。

 以下、今の気づきを綴ってみた。

 岡田斗司夫やホリエモンが運営しているゆるいつながりの中でのクリエイティブな事業体は、いわゆる「目覚めた人」を集めていきなり第3段階に突入した例のように思う。



【第1段階】
□定型化した作業はIT化の力を借りてどんどん減らしてしまうこと。
□この段階で総労働時間は減るはずである。
□IT投資が必要である。
□社員への無理じいはしない。労働時間を減らしながらアウトプットを向上させるというスタイルに心構えができていない人がいる。
□効率よく働くことの喜びを伝える教育体制が必要だろう。
□「他人を助けるためなら残業をしてもよい」というルールは必要ではないか。

【第2段階】
□会社はこれまでの「9時5時一カ所勤務」というイメージではなくなる。
□テレワークは普通に。
□社員はクリエイティブに働く「プロ」になっていく。
□社員は何の分野のプロになるのか自分で分かっている必要がある。
□会社は「利用するもの」という意識に変わっていく。
□プロとプロが仕事をしていくというスタイルを確立する。
□足りない部分は外部の力を借りる。チームに部分的に外部のスタッフが混じっていてもよい。
□もちろん各々が独立したプロなので、副業などまったく問題ない。

【第3段階】
□会社が社会に貢献するスタイルを明文化しそれに共鳴する人が集まる。
□会社はプロが集まる「場」だけの機能になる。
□WEB業界のように必要な時に必要な人員が集まって仕事をする。
□イメージとしてはデザイン会社と当社の関係に近い。最近は行き来しての交流も活発になってきた。
□会社は社員の能力を触発するような場として運営されている。
□楽しい交流の場でもある。
□部活のようでもある。
□私塾のようでもある。



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[2016/11/01 22:56] よもやまコメント | トラックバック(-) | コメント(-)