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『「タレント」の時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論』  

 わたしが経営する株式会社ムサシはセンサーライトのメーカーだ。いちおう国内トップシェア。RITEX(ライテックス)をよろしくお願いします。←PR

 ところで、我が社の製品は90年代から中国で生産している。

 とっくに「中国=安かろう悪かろう」ではない。それはハイエンドスマホのiPhoneが中国製であるという日常生活からだれでもわかることだ。MacBook Airの発売のときだったと思う。スティーブ・ジョブズのプレゼンを見ていると、工場の高度な削り出し生産技術を誇っていた。しかしそれは中国の工場だ。

 物つくりにかんして独学しつつ、ここ数年こんなふうに考えてきた。



(1)状況。中国が「安かろう悪かろう」に見えるのは「そういう会社もたくさんあるが、そうでいない会社もある」という話だ。「そうでない会社」はますます増えるいっぽう。日本の中小メーカーが製品の品質を中国で上げられないのは、いいメーカーを知らないだけだ。

(2)理由。生き馬の目を抜く実業界がグローバル化がもうかなり進みおわっというのが全体状況だ。情報・人材が高速移動するなかで、トヨタ生産方式を筆頭とする日本の生産技術がマネされていないはずがない。

(3)証左。中国南部にある製造工場で、鄙にもまれな優秀な生産管理者に出会った。この会社に依頼すると初期ロットから不良品がほとんど出ない。慢性不良もほぼゼロ。

(4)推測。彼はどこで生産管理方法を学んだのか?日本式の生産技術はすでに想像以上に一般化しているのではないか?中国は世界の工場だ。国策としても血道を上げているだろう(おれならあげる)。国策+高度成長+若い国民のバイタリティ──で日本では考えられない短期間で結果がでる。「日本では考えられない」と書いたが、じつは日本が高度経済成長で世界を驚かせたのは同じことだ。

(5)傍証1。トヨタ生産方式について多数の本を買った。書籍からビデオ、研修まで、あらゆる情報がすでに公開されている。書籍はスローな媒体だ。情報は最短でも半年以上前に確定した内容であり古い(研究者の頭→学会誌→専門誌→一般雑誌→書籍の順に新しい)。こんなに一般書籍があるということは相当古い情報だということだ。

(6)傍証2。かつて参加したトヨタ式原価管理の研修。講演しているのはトヨタの関連会社のOBだった。トヨタにとってこの情報は、退職後に子会社の役員が小銭稼ぎのネタにするていどの価値だということだ。

(7)疑問。では日本の物つくり企業は海外勢にたいしてどうやって違いを出すのか。マーケティング?美観デザイン?販売手法?



 と、かいつまんでこのへんまで思考が進んでいたわけだが、この『「タレント」の時代』を読んで産業史における自分の日本と自分の立ち位置がよく分かった。

 わたしにとって今年いちばんのインパクト本だ。物つくり関係者はぜひ読んでください。

『「タレント」の時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論』
(酒井崇男、講談社現代新書、2015/2/19)
https://www.amazon.co.jp/dp/4062883031

 このあとに同著者の今年第2著が出ていますが、わたしはこの「タレント」のほうが本質論的で好きだな。ちなみにこのブログで、「ものづくり」を「物つくり」と書くているのはこの著者のマネだ。

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[2016/10/19 13:33] 書評 | トラックバック(-) | コメント(-)

泥だらけのキラ星を拾って磨く方法(書評『今ある会社をリノベーションして起業する』 

1106432666.jpg 

「その手があった」と手を打ちたくなる本だ。

 日本は「いいモノ持ってんだけどなぁ」という中小企業であふれている。たとえば技術はあるが経営が左前の刃物鍛冶や、息子が東京に行っちゃってあきらめ顔の大阪市東成区の町工場、あとは高齢の夫婦があっさり閉店しちゃった兵庫県加古川市のカツメシ屋「八重(やえ)」とか。

 最後だけえらい具体的ですみません。ほんとにうまかったんですよ八重のカツメシは(遠い目)。

 今の日本は開業より倒産や整理や廃業のほうが多い。起業に後ろ向きな若者のメンタリティとか、失敗すると再起しにくい企業風土とかいろんな理由が挙げられる。しかし、気の利いた原因分析をする以前に言っておこう。倒産のほうが多いのははっきりいって当たり前だ。日本史上最大の人口ボリュームを誇った団塊世代が引退しつつあり、これから働く世代がどんどん減っていくんだから。つまり倒産や廃業が多いのはそれ自体で悲しむことはない。せめて代表チームがワールドカップで敗れ、自国の国旗を焼いてるブラジル人よりは明るい顔をしよう。

 悲しむべきは、企業が消えていくことそのものではなく、彼らが日本社会に付け加えてきた価値が消滅してしまうことのほうだ。惜しいのは消えてしまった八重の店舗ではなく、もう食えなくなってしまったあのちょっと焦げた香りのデミグラスソースと薄い牛カツのレシピなのである。老夫婦はいなくなってもいいが(よくないが)、八重の味だけはだれかが継いでやってほしかった。

 そこで「起業したいかも」という人はこの本を読んでみてほしい。ある企業が営々と作った「価値」だけを引き継いで起業なんてことができるのである。ゼロスタートではなく、レシピやノウハウや顧客を引き継ぎ、負の遺産は整理して起業できるのだ。

「いいもの持ってんだけどなぁ」を
「いいもの持ってる」と「だけど課題がある」
に分解し「いいもの持ってる」だけを引き継いで再スタートする、というわけだ。

 率直に言って「起業」と読んでいいのかすら怪しい。だってすでに起きてる業のいいところだけを引き受けるというのだから。ゼロから辛酸をたっぷりなめつつ叩き上げててきた経営者にとっては「インチキ」に近い香りさえただよう。でも、これは現実だ。

 もちろん、事業を譲ってくれる人があっての話である。あなたへの信用が前提だし、事業の整理はめんどくさくはあるだろう。しかしそれでも、こんな裏技がありえるのは知っておくといいし、会社って実に便利なもんだと思う。

 ここのところ中小企業めぐりが続いている中でこの本を読むと「これは日本を救うじゃないか」とすら思うのである。あとはどれだけ真に受ける人が出るか。

 奥村さんがこんなこと書いちゃったせいで、日本人より外国人の投資家が宝のような日本の中小企業を買いあさるきっかけにならないか心配になったりする。

(岡本篤 薪割り結社ランバージャックス加古川社長、株式会社ムサシ後継者)



[2014/07/12 01:41] 書評 | TB(0) | CM(0)

野外でほんとにほんとに使われるために──書評『照葉樹ハンドブック』 

 ハンディな野外図鑑を出している出版社はたくさんありますが、これまでの限界を一気に超えたのが自然分野に強い出版社・文一総合出版のハンドブックシリーズです。どう越えたかというと、

 もっとハンディになった。

これまでの携帯用野外図鑑って、携帯用といいながらページ数が多すぎて大きく重く、持って行くのがためらわれるようなサイズのものばかりだったでしょう。せっかく新書版なのにポケットに入らない。紙も上質なのはいいけれどすなわち重い。表紙はビニールみたいのでできていて厚さを増しているうえに中紙とのサイズがぴったりあっていない。

 なぜそんな大きくてかさばる体裁を採用してきたのかというと、結局は情報の取捨選択が足りなかったのです。いや、著者と編集者はそれでも取捨選択をしたつもりでしょう。しかし、ここまでできることをこのシリーズが明らかにしてしまった。

 そして、ほんとうに持ち出してもらえる野外図鑑のあるべき姿を考えたら、内容の切れ味がすごみを帯びるほど研ぎ澄まされた。

 アマゾンにしてはめずらしく注文から1週間以上の時間がかかり、一昨日ようやく到着しました。おもわず玄関で「おっしゃぁ!」と言ってしまったのがこの本。

『照葉樹ハンドブック』林将之著、文一総合出版
http://www.amazon.co.jp/dp/4829981083

 同じ著者の『樹皮ハンドブック』に続いてこのハンドブックも編集の妙にうなりました。

「葉の形から照葉樹を特定する」

の1点に完全にフォーカスしていて、ほかの図鑑なら必ず書いてそうなことは削りに削っている。なにしろ105文字しか説明文が書けないんですよ。詳細な説明は他の大型図鑑にまかせてある。

 加えて、この図鑑をさらに軽量にするのに貢献しているものがある。それが、野外を歩いているあなたのズボンの反対側のポケットに入っているスマホだ。ウィキペディアで樹種名を検索すれば詳細な説明が出るし、Googleの画像検索で写真すらいくらでも見られる。そんな道具はもうあなたのポケットには入っている。

 こういう時代において、紙の図鑑にしかできないことはいったい何か?

 それこそ、小さく軽く総覧性が高い紙の媒体で、樹種を同定することなのだ。樹種名を知ることができなければ、いくらネットに情報があっても検索でたどりつけない。この図鑑はその問題に鋭く特化した。なんにでも使える十徳ナイフではなく、めちゃくちゃ切れる超小型ポケットナイフみたいなハンドブックです。

 山野に持ち出してもらう可能性を少しでも下げては存在自体が危うい。だから前書きと目次は表紙の裏1ページにまとまっているし、あとがきも著者紹介も奥付もぜんぶ裏表紙の見返し1ページに押し込んであります。総ページ数はたった80。コクヨの野帳とほとんど同じサイズです。アマゾンで買う人はあまりの軽さに「空箱が来たのか?」と驚いていただけることと思う。

 ちなみに、同じ80ページでも、同著者の『樹皮ハンドブック』(2009年2刷)より『照葉樹ハンドブック』(2012年)のほうが紙が薄くなってさらに携帯に便利になっています。『樹皮』を持っている方はぜひ見比べてください。

 文一総合出版にはほんとうにたくさんのハンドブックがありますので、どれかはヒットするんじゃないかな。

文一総合出版・図鑑商品一覧
http://www.bun-ichi.co.jp/book/tabid/84/Default.aspx

『淡水産エビ・カニハンドブック』
『アリハンドブック』
『図説 日本のユスリカ』

このへんなんか、ほとんど出版の限界に挑戦している気がします。ちなみに『ユスリカ』は408ページで12600円ね(笑)。

[2012/11/07 02:24] 書評 | TB(0) | CM(1)

書評『気象ハンドブック』NHK放送文化研究所編 

 一昨日の夜から兆候はあった。天気予報が妙に具体的なのだ。

「木が根こそぎ倒れるような風が吹きそうです」

ふつうはニュースの天気予報でここまで言わない。だいたい「……の心がまえがいりそうですね」お茶を濁すような言い方をして終わるのが普通である。

 ところが昨日は違った。自信満々なのである。

 寝床に入ってからiPhoneの天気図ソフト(無料でいろいろあるので探してみてください)で現在の天気図と予測図を見てみたら、低気圧の発達予想が尋常ではない。あまり目立たない低気圧が、一気に「掘り」を深めていくようすが分かる。

 これは、何かあるかもな、と思って翌朝。

 神戸で午前中の用事を終えて西へ走り出したら、明石あたりですさまじい烈風が吹き出した。折悪しく乗っていたのは2トントラック。揺れる揺れる、船みたいだ。風がたたきつける雨でフロントガラスが見えない。

MayStormDrive.jpg

 iPhoneでふたたびこんどは雨雲レーダーを見てみたら、こんなことになっていた。

RadarMayStorm.png


 低気圧が引きずっている寒冷前線が通過したための暴風雨だったのがよく分かる。

 いったいこの荒天はなんなんだ?
 そういうときにお薦めしたいのがこの本だ。


NHK気象・災害ハンドブックNHK気象・災害ハンドブック
(2005/11)
不明

商品詳細を見る


 前職のフィリピンの新聞社で「気象・科学・生物関係はおれにやらせてください」と申し出て、フィリピンに台風が来たときはかならず記事を書いていた。

 たんに被害状況などをレポートするだけにとどまらず、こういう理屈でこういう天気になっているんですよ、という解説まで挟むように心がけた(削られて泣くことも多いけど)。フィリピンも地震国であることから、フィリピン気象庁が出している地震の階級表を翻訳して社が出版しているマニラ新聞電話帳に掲載したりもした。

 そういうときに座右に置いて活用させてもらった(わたしのは96年の旧版)。

 たとえばこんな記事を書いていました。台風にかんする解説記事。読み返していたら懐かしかったので再掲する。

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アジア最大の台風被害国
比の台風情報を読む
岡本篤2003.8.7

 年間約二十の台風が接近するフィリピンはアジア諸国でも最大の台風被害国だ。今年直近に到来した台風は10号の「カバヤン」。まだ十個の台風がやってくる計算だ。「ハルロット」(7号)は大きな被害は出さなかったが、一九九八年の超大型台風「イリアン」(10号)以来最強だった。五月末から九月末まで続く雨期は台風と南西季節風がもたらす複合現象。台風シーズンまっさかり、気象庁担当者に話を聞いた。(岡本篤)

▽台風の経路
 今年の「チェデン」(4号)と「ドドン」(5号)は続けて南シナ海で発生したが、これはまれな例。多くは比のはるか東方沖、グアム、サイパン周辺で発生する。

 北半球の北東貿易風と南半球の南東貿易風が赤道付近で集まる場所は熱帯収束帯と呼ばれ、台風はここで発生することが多い。発生後は地球の自転に影響されて北西に進み、サマール島あたりで北寄りに方向を転じる。太平洋高気圧の縁を移動するためこのような軌跡を描く。サマール島では貧困問題が顕著だが、理由の一つに「台風の玄関口」という地理的原因がある。

 比に達した台風は、六月までは太平洋高気圧に押されて比を横断し中国大陸方面に抜けることが多い。七─十月は反転して日本へと向かうことが多くなるが、十一、十二月には再び比を横断することが多くなり、年末に大きな台風被害が出ることもままある。

 ミンダナオ地方を直撃する台風はほとんどない。気象予報士四十年のベテラン、エラキム・アドゥグさん(65)によると、記憶に残るミンダナオ島直撃は六〇年代の一回だけ。ダバオ湾を台風が横断し、対策が不備な同地方で大きな被害を出したという。

▽台風の強さ・警報
 比で過去最大の被害を記録したのは九一年に中部ビサヤ地方を横断した「ウリン」(25号)。死者・不明者が合計六千三百人に達した。日本でも五九年の伊勢湾台風の被害は同五千九十八人。大災害を避けるため、日本気象庁は大雨や強風、波浪など細かな警報を出すシステムを整え、地方別に警報発令の基準も違っている。例えば同じ東京でも多摩地区と八王子周辺の強風警報発令基準は異なっている。一方、比の警報は風の強さを基準にした「シグナル1─4」だけ。台風の強さが主に風の強さに反映されるのが理由だ。

 シグナル1は風速八・三三─一六・六メートル、シグナル2は同二七・七メートルまで、シグナル3は五一・三メートルまで、シグナル4はそれ以上の風速が予想される時に発令される。風についての情報は比気象庁発令の情報が参考になるが、大雨についてはなんら警報が発令されないため注意が必要だ。

▽日本との協力
 日本の気象庁は世界気象機関(WMO)の決定により、太平洋地域の台風情報の取りまとめを担当している。地域各国からの情報を受け、解析して配信するのが役目だ。しかし最終判断はもちろん各国の気象庁にまかされている。アドゥグさんによると、台風の経路について比メディアが流した日本の予報と比気象庁の予報が全く違ったことがあったそうだ。

▽台風の名称
 比は、自国圏内(北緯五─二五度、東経一一五─一三五度)に入った台風に対して、国際名とは違った独自の名前を付ける。このほど日本を通過した台風10号の国際名は「アータウ(ETAU)」、比名は「カバヤン」だ。比名はAからZまで二十五号分(Xはのぞく)の名前リストが四セット作られていて四年ごとに使い回す。つまり二〇〇七年には再び「カバヤン」が比にやってくることになる。ちなみに今年二十五個目の台風名は頭文字Zの「ジグザグ(ZIGZAG)」だ。一九六四年、九三年には年間三十二個の台風を記録。この場合は追加リストにより、再びAから名前が付けられる。
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 なにか気象について不思議なことがあったら、この本をひもといてもらいたい。通読してもおもしろいのがいい。図版や写真、気象にかんする言葉のまめちしきがほぼすべてのページに豊富に入るので、読み物としてもとても翌できている。

 今回の強烈な低気圧は、じつは3─5月によく発生する「メイストーム(五月嵐)」が早めにやってきたものだ。とくに強いものは「爆弾低気圧」などと呼ぶらしいことが分かる。被害は大きかったが、この時期にはよくある嵐だったんだ。

 すばらしい書籍なのに、新刊で手に入らないのが惜しい。中古でも買う価値は充分なので、Amazonでぜひどうぞ。ずっと役に立つはずです。



[2012/04/04 22:54] 書評 | TB(0) | CM(0)

ウンコに生命を / 伊沢正名『くう・ねる・のぐそ』書評 

くう・ねる・のぐそ―自然に「愛」のお返しをくう・ねる・のぐそ―自然に「愛」のお返しを
(2008/12/15)
伊沢 正名

商品詳細を見る



 菌類学の書であり、エコロジー(生態学)の書であり、冒険の書。

 出版界のタブーである人糞の写真掲載を、編集者は袋とじを発案することで乗り越えた。

 「生々しいタブー」というと交通事故現場や殺人遺体なんかを連想する。しかしこの本が扱うタブーは、誰もがほぼ毎日目にし、一生生きれば4─5トンは生産することになるのにまるで見なかったことにしているものだ。

 それもとてもまじめにド正面から。

 「野糞」という、思わず「w」を付けたくなるほど手垢のついた日常語を、著者は一笑に付さずに真剣に取り組み続けた。野良で糞を垂れる行為の再定義である。

 でもマジメに書けば書くほど、笑いを誘うのもまたしかたないことであって、そういうユーモアがまた感じいいんだよね、この本。

 はっきりいって女性は買いにくいし、読んでいるのを見られるのも現代社会的には致命的だろう。買ったらすぐにカバーを付けることをお薦めする。でも野糞にはトライしてほしい。


 せっかくの機会なので、わたしの野糞の作法というのをお節介にもお教えしたいと思う。これね、知らない人が多くてキャンプに連れて行くといちいち面倒なんだよ。覚えといてね。必要な道具は

(1)ライター
(2)トイレットペーパー
(3)ショベル

これが3種の神器であり、糞を自然に帰すための仁義でもある。このうちショベルは持って行かないことも多い。

 まず、穴を掘る。ショベルがないときは木の枝や手や石で掘る。もしくは大きな石をめくって穴とする。深いものは必要ない。浅く、かつブツが完全に隠れるように。

 その時に近くにわき水や伏流水などがないか確認する。水を直接汚すからだ。また、分解してくれる微生物が多そうな土壌を選ぶ。石ばかりの川原だと腐りにくい。

 川をカヌーで旅していると、雨宿りをしようとした橋の下によく野糞跡が見つかる。人目を避けたいという気持ちは分かるのだが、避けよう。雨や夜露が降り込まないので、砂漠のような環境になっている。ウンコの分解が進みにくくいつまでも半乾きで臭いをまき散らすことになる。

 そうしてなんとなく生命感があふれているような場所に穴が掘れたら、さっそくブツを落とし込む。あなたはたぶん我慢をしてここにたどり着いたはずだ。どうぞごゆっくり。

 終わったら尻を拭く。拭き終わった紙は必ず燃やすこと。そのとき、丸めたままでは燃え尽きてくれない。トイレットペーパーを開いて端から点火すれば端から燃えていく。ウンコが(女性の場合は小便もか?)付いているからなお燃えにくい。わたしは灰を残すのもいやなので、ウンコの上に乗せて燃やすことにしている。開いた紙をつまみ上げ、反対の端から点火して、紙全体を炎がなめるようにして乾かしながら燃やすと綺麗に灰になってくれる。

 この紙燃やしをやらないと、紙は何カ月も分解されずに残るので注意してほしい。地上に放っていくなどもってのほか。

 そういえば、東日本大震災のボランティアで訪れた南三陸町では、木を切りに入った林の中に、数カ月前の震災直後の脱糞跡が点々と白いトイレットペーパーで残されていた。野糞はこうした震災時にも役に立つ。阪神大震災のときは便所が大便で埋まってめちゃくちゃなことになったらしいが、穴を掘って布で囲えば便所になる。ある程度たまったら移動させる。地面さえあれば問題はない。

 紙を燃やし終わったら穴を埋め、もしくは大きな石を戻して完了。現場を去るまえに「ここでやりました」というサインとして棒を立てるなり石をいくつか積むなりしておこう。人間というものはだいたい同じ場所を選んでしてしまうものなので、悲劇を防ぐためにもこの作業は必須だ。これをサボると同じキャンプ仲間に作成直後の作品を見られる可能性もけっこうある。

 ちなみに、そんなに藪や林の奥深いところに行かなくても、しゃがんでしまえばあまり他人からは見られていない。落ちつかないのは自意識過剰です。たとえばたった20メートル先だって、まったく遮るものなどなくてもしゃがんでいる人の細部など見えないでしょ?


 わたしはアウトドア生活をつうじて、これまでの人生でざっと数百─千回までの野糞をしてきたことだと思う。たいていの人よりは多いだろう。野糞のノウハウも蓄積してきており、自分はいっぱしの野糞家だと思っていた。

 しかし上にははるか上がいるというところで本の話に戻る。それがこの本の著者・伊沢正名氏だ。

 フツーの郊外に住み東京にも行きながら「千日行(連日野糞1000日記録)」「生涯野糞回数10000回」など匂い立つような記録を達成した。田舎に住んでいるご隠居なら可能でもあろうが、違うのである。著者はキノコ写真家として活動しつつ、東京へも行き来しながら青年・壮年時代をかけて達成した。

 「極端は発想の母」であることがあたためて身にしみたのであるが、個人的に驚いたのは1974年の元日から始まった意志的な野糞をぜんぶ記録しているということ。「できるだけ野良で糞がしたい」と思いつく人は青年時代のわたしのようにいるだろうが、実行しつつ記録まできっちり取ると世界が変わる。いや、記録を取るから「大仕事」が達成できたのか。

 著者は自宅にいるときももちろん野糞をしに出かける。やっかいな海外旅行のときも行き先を入念に調べておく。東京に出るときも詳細な区分地図で下調べ。野糞のためだけに都内に入る前に電車を降りる。そしてついに明日の糞を今日出してしまうという離れ技「排便コントロール」を会得することになる。

《街路又は公園その他公衆の集合する場所で、たんつばを吐き、又は大小便をし、若しくはこれをさせた者(軽犯罪法1条の26)》

 軽犯罪法などまったく無視。あと100年は理解されそうにもない行動に邁進しつづける著者に万雷のスタンディングオベーションをお贈りしたいが、買う人少なそうなのが、残念だ。

 本書のさいごで著者はついに、土に返りつつある自分の大便の「味見」を試みている。──なんて書くとこの本を買ってくれる人は増えるのか減るのか。


 とにかく袋とじは気合いを入れて切り開いてほしい。
 なお、本書を手に取った人はカバーや表紙の紙質などにもご注目を。



[2012/03/10 01:16] 書評 | TB(0) | CM(6)

書評──08年と11年のテンションの差/『ベイジン』真山仁 




 ブロガーのちきりんさんのお薦め本から購入した。お薦めに御礼もうしあげます。

 彼女も言ってるとおり、これが2008年の本だとは……。SBO(ステーションブラックアウト、全電源喪失)や非常用発電機など、残念ながら今や現実になってしまった単語が飛び交う。

 フクシマがなかった世界でこの小説を読んでいたら「そんなアホな」という感覚が残ったかもしれない。しかし、現実はこの原発ドラマをはるかに超えてしまった。生粋の取材者である筆者は、原発事故についてもっと微に入り細をうがって書くこともできた。しかしそれを抑制したのだろうと思う。なぜなら2008年の段階で、原発事故など日本人にとって遠い話だ。興味も持ってもらえない。ストーリーが持たない。

 そこにフクシマ事故が起き、日本人全員がにわか原発専門家のようになってしまった。下巻の後ろ1/3くらいから一気にめちゃくちゃな混乱に突入していくこの小説のわたしの読後感は「もっと細部が読みたかった」だった。

 2008年にできた本と、2011年に読んだ自分のテンションの違いが感じられる1冊(あ、上下2冊ね)。

 まあとにかく、おもしろいよ。


[2011/09/30 22:38] 書評 | TB(0) | CM(0)



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