 熊谷さんから新著『動物の足跡学入門』(技術評論社、1580円)が送られてきた。この本で165冊目だそうだ。すごいね……。 「まーた足跡の本か、と言わないよーに。本人がいちばん分かってんだから!」 とコメント&サイン入り(熊谷さんはニホンカワウソ研究会きっての足跡フェチでもある)。最新のフィールドワークと取材の結果を盛り込んであって読みごたえ抜群。写真提供者の欄に私の名前が入っていないのはもちろん許しますよ、熊谷さん。(ちなみに166ページ左ね) 「足跡学」とあるが、足跡だけについて書かれているのではなく、身近なところからスタートして動物学全般に言及してある。「分かる分かる」という部分の中に、「えっ、そうだったんか!」という驚きがいつも盛り込まれているから熊谷さんの本はおもしろいのである。 入稿してから思い直して書き改めたというクマの項は 熊谷さんのブログと合わせて読むとスリルがある。ときどき話が韓流ドラマにまでぶっ飛ぶときがありますが、気にしないように。 ツキノワグマの異常出没の原因については210─211ページに以下のようにある。(1─3は略)。 4 里山が荒れてしまったから。
昔はクマの住んでいるエリアと人間が住んでいるエリアとの緩衝地帯であった里山が、今は無くなってしまったことに、原因があるのではないかということだ。 クマが、山の中を徘徊しながら里山との境界に来たとき、昔なら畑には人間が働いていたし、子どもの声も聞こえたろう。そこでクマは「おっと、いけねえ……人間のエリアだ」と、山の中へ引き返すことができた。 今は里山の木々や畑はほったらかしで境界線がわからなくなってしまっているし、里山を宅地開発して山際まで住宅が建っている。 どうせ柿をもいでも誰も食べなくなったし、干し柿を喜ぶ人もいない。過疎と高齢化で柿をもぐという労働力もないから、実ってもほったらかしだ。 そんな柿の実がたわわに実っていたら……クマは当然のように食べるだろう。「里山が荒れている」というのは、物理的な問題よりも人間のライフスタイルの変化が原因なのだ。 養老孟司氏は「クマが里に来るようになったのは、イヌをつないで飼うようになったから」と断言していた。これもヒトのライフスタイルの変化の典型だろう。 一昨年、私は静岡市の郊外にある山中のシイタケ農園を訪問した。収穫期のシイタケが軒並みサルにやられて大変だというので、害獣撃退機を開発できないか調査に行ったのである。サルはシイタケの石突きの部分だけを食べていくのでよけい憎らしいのだが、それはさておき。爆竹が定時に点火する装置を作成している在野の発明家といっしょに訪問したのだが、取材している間じゅう、どうしても「イヌを放し飼いにすればそれですむんじゃないのか?」という疑問がぬぐえなかった。 咬傷被害や野犬化がネックなのだろうか。ならば「シバイヌ等小型犬のみ」などのしばりを作ればいいのではなかろうか。これまでの努力で狂犬病も撲滅した日本なのだ。たまに小型犬に人が咬まれるくらいの事件ともいえないような事件と何百万円もの農作物被害を天秤にかけて、それでも「田舎のじいさんばあさんのシイタケより、咬傷被害のほうが重大」と言い切れるか。野にオオカミを放て、という真面目な議論すらあるんだから。 静岡市のはずれにあるこの農園はじつに険しい谷間にあり、見ただけで先祖代々の苦労がしのばれ涙の出そうな美しい段々畑だった。静岡ならでは、茶が植えられている。シイタケのほだ木は同じく急な斜面にあるスギ林の中に並べてあった。後継ぎもないまま山中の余生をすごしている老夫婦の数少ない楽しみであろう作物の収穫。一夜にしてほだ木が丸裸にされてシイタケのカサが派手にうち捨てられている光景はあまりにむごい。 熊谷さんの本からやや話がそれた。 ほ乳類の観察というのはあてもなく自分で出かけるのはたいへんだし、鳥や昆虫などに比べて開かれている観察会も少ないので参加する機会も少ない(熊谷さんは観察会もやってますよ)。 しかし、ちょっと気をつけていると加古川市でも私の子どものころは見たことのなかったキツネをしょっちゅう見るようになったりと変化がある。道端に倒れているタヌキの死体も使い道があるのだ。(ちなみに轢死体が増えるのは秋です。原因は熊谷本138ページを参照)。 哺乳動物について疑問を感じたら熊谷本で入門してください。165冊もあるけどね。
昆虫採集を再開した。  (写真説明:自宅周りの普通種ばかりだが、それでも昆虫は非常に多様性が高い) 再開といっても、子どものころに異様に好きな遊びだったのを、20年ぶりくらいに真剣にやりだしたというわけである。 きっかけは昆虫標本のあまりの美しさに電撃的啓示を受けたからだ。「これは俺がやるべきことだ」と。 考えてみれば、これまで昆虫採集を趣味にしていないのが不思議であった。 毎年のように韓国にまでカワウソ調査に行って酷寒の川で張り込み、糞や足跡などのフィールドサインを集め、日本ではアマゴやイワナを求めて渓流に分け入り、ついにはフライフィッシングにまで手を出すようになった(しかし釣れず)。自然誌的探求生活が年齢とともにさらに深まっているにもかかわらず、いつも身近にいる昆虫だけは本格的に手を出していなかったのである。 日本には昆虫にかんする商業誌がある。そんな雑誌があるのは「世界で日本だけ」らしい。養老孟司氏が言うんだからほんとうだろう。その名も『月刊むし』という。発行している会社名はその名も「むし社」というのだ。 この『月刊むし』を購読しはじめて、雑誌の広告ページにある「むし社」の販売部や昆虫採集用具店の宣伝が気になってしかたなくなり、先月上京したさいに訪ねてみた。むし社はJR中野駅のすぐ前にある。なんということもないマンションである。 海外の珍しい甲虫を中心に生き虫を膨大に売っているのは最近ペットショップでよく見る光景だが、むし社の違うのは採集道具や昆虫標本がたくさん置いてあるところである。見事なまでに美しく展翅・展脚された標本が、ドイツ製の標本箱の中にズラッとならんでいる。なかでもいちばん感動したのは小さな甲虫たちだった。小さな体に秘められた存在感。 「美しい……」 ──ここで電撃に打たれてしまったたわけである。 これまでもあちこち旅行をした折や生活をする中で昆虫を捕らえてはいた。去年はバイクをかっ飛ばしている最中にキラリと光るものを視界の端に認めて急ブレーキ停車、車道で拾ったのがタマムシだったので狂喜したし、どこで捕まえたか忘れた(たぶん奈良公園)ダイコクコガネもビンの中で干からびたまま持っている。ダイコクコガネは小さな甲虫なのに、頭を横から見るとかなり攻撃的な角度の尖った角を持っていて格好がいい。ハンミョウもどこでどうして捕まえたか忘れたが、ビンの中で干からびたまま赤と青色に羽根を光らせている。 そういう昆虫たちをきちんと標本にすれば、あの標本箱のように美しい世界ができあがるのだ。 あわてて(あわてなくてもいいのだが)、捕虫網と折り畳み式の網枠、昆虫針をスタンダードな0号から3号まで買い求めた。それぞれの使い方を店員のお兄ちゃんに聞く。とっつきにくそうなお兄ちゃんに見えたが、ムシの話になるとニコニコである。正しいムシ屋の態度である。羽根が異様に堅いゾウムシなどは、昆虫針をピンセットの根元に挟んで刺すといいらしい。なるほどなあ。むし社を出たその足で渋谷の「志賀昆虫普及社」(通称シガコン)に向かう。ここではピンセット各種とそしてこれがだいじな殺虫管を購入。酢酸エチルという薬品を入れて昆虫を殺すために使う。昆虫採集の普及に尽力したシガコンの設立者・志賀夘助氏の『日本一の昆虫屋』(文春文庫PLUS)も購入。 自宅近くに日岡山があり加古川本流がある。庭もやたらに広いので、夏にはけっこういろんな虫が灯火に集まってくる。毎日見つけたムシを拾うというテキトーな採集をしているだけでも、標本にするという作業を加えるだけで面白い。自宅周辺でとれる昆虫をとりあえず可能なかぎり集めてみよう。 思えばカワウソの調査とフライフィッシングとは似たような悩みがある。どちらも完全に土着のネイティブの動物を相手にできないということだ。土着というのは育ちだけでなく、遺伝的にも、である。 カワウソはもちろんネイティブどころの話ではなく、日本ではすでに観察がめちゃくちゃに難しい。現実的でないくらい難しいのである。これまでニホンカワウソ研究会の仲間が四国の西南地方や九州などの生息の可能性の高いところで調査を繰り返してきたが、ニホンカワウソの生息している痕跡は見つかっていない。野生カワウソの観察をするためには、生態も近いと思われ、生息数も多い韓国まで足を伸ばさざるを得ない。 渓流魚はどうか。土地で育った土着の魚がいるではないかと言われそうだが、現在渓流に生息しているアマゴやヤマメ、イワナはほとんどが放流である。もともとはその川に固有のアマゴがいたはずだが、放流事業がいきとどいてしまったがゆえに遺伝的にはめちゃくちゃになっているはずだ。 天然のアマゴを釣るとあまりの美しさにため息が出るが、しばし後にこの山紫水明の滴のような魚にも人為的な遺伝子の撹乱が及んでいることを思って興が冷めるのも確かなのだ。 アユなんてさらにひどいし、クサガメだって中国南部産のものがゼニガメとして売られているらしく純日本産のものが減るのを危惧する声がある。最近話題になったのは飼う人が多くなったメダカだ。飼っていたメダカが増えたからといって放流すると、各地の自然に適応している個体群が万年単位の時間をかけて身に付けてきた特徴を乱すことになる。 もっとも、コイなど人間の生活に古くから関わってきた魚は大昔から移植されているために純系もへったくれもなくなっている(日本の川をカヌーで下るとイロゴイの多さに驚く)のだから、日本のような人間の関わりの強い土地でそれほど「折り紙付きのネイティブ」を求めるのはおかしいかもしれない。そんならアラスカにでも行けと。 ところが、昆虫なら完璧なネイティブに自宅の庭で出会えるのである。土地土地の微気象にまで適応して生きているから、自然の見方がより繊細になる。なにせ地上でいちばん繁栄している動物だ。 合気道というツールによって人間の体の見方が細やかになるように、昆虫を介して見ることで自然の見方が細やかになるのではないだろうか。 追記:「カワウソは……日本ではすでに絶滅(個人的に確定するが間違いない)している。」のオリジナル版のくだりを、熊谷さとしさんの指摘を受け訂正しました。ご教示ありがとうございました。(2008/07/22)
梅田望夫氏が薦めていた『ヒトデはクモよりなぜ強い』(オリ・ブラフマン/ロッド・A・ベックストローム、日系BP社)を読了。 軍隊型の上意下達組織とまったくちがったスピードと性質を持ったヒトデ型組織。グーグルの提供するネット時代のサービスやIT企業が代表だが、視点を変えればスペイン人が制服するのにてこずったアメリカ先住民のアパッチ族やアメリカが撲滅できないアルカイダも同じ組織形態を知らず採用しているという指摘がおもしろい。 トヨタの工場やAppleのiTunesはクモ型組織とヒトデ型組織のハイブリッドなのだ。なるほど。 おもしろかったフレーズを一つ引用。 「そして、分権の第二の法則は、ヒトデを見てもクモだと勘違いしやすいということだ。音楽ファイルの交換に熱中する一〇代の若者や、アリゾナ州の沙漠で暮らす先住民の部族に初めて遭遇した人間は、往々にして、彼らの潜在的な力に気づかない。従来とはまったく違うものの見方をしなければ、理解できないからだ。」(同書p35) 意識的に組織にヒトデ的要素を入れこむにはどうしたらいいのか。これが現在の疑問である。
神戸ポートアイランドにできたイケアに行く。北欧雑貨店の関係者としては鳴り物入りで登場したこの超巨大ストアは見ておきたかった。 とにかくセルフ、セルフである。いちばんおどろいたのがスタッフの少なさ。体育館くらいの広さを見渡せるフロアに行っても、見回してもスタッフが1人もいない。デジタルカメラで店内を撮影してたら怒られるのかと思ったが、そんなことを注意する気もないようである。万引きなどやり放題だろうにと思うが、見た限り監視カメラもない。 そんなところに割く人件費がもったいないのだろう。 とにかく生産ロットを増やして安価に提供すること。しかし、デザインは水準をクリアしたものだけを──この2点に徹している。 あとは来店客をいい気分にさせる仕掛けはいたるところにあって、さすが、と思わせた。たとえばホットドッグがたった100円だったり、ソフトクリームがたった50円(それなりに小さい)だったり。なんとはなしに得した、という気分になる。たった100円のホットドッグだが、販売店が温度計を差し込んでソーセージの芯の温度を測っていたりする。 ベッドが陳列してあれば、座ってみてもいいのかしらん、と疑問に思う前に「お試しください」と大書きされたシートが目に入る。スタッフがいないぶん、店内のあちこちに看板が多いのだが、デザインがシャレている。配達じゃなくお客の持ち帰りをうながす看板には車が描かれているが、さりげなくFIAT 500(ルパン三世が『カリオストロの城』で乗ってたあれね)の、しかも後ろ姿だったり。 東急ハンズみたいに、目的の商品は店内の1箇所にあるのではない。店自体が広大な迷路みたいになっていて、リビングゾーン、子ども部屋ゾーン、キッチンゾーンなどを通り抜ける間に、同じ商品がいろんなところに置かれているのだ。しかも山積みなので見落とされることがまずない。そうして目に付いた商品を、あ、便利そうなスタンドライトだなと思ってタグを見ると、 「ワークライト799円」 だったりする。5年前に買った同じような機能の机上用Zランプは10000円以上したぞ。どういうことだこれは?わなわな(手がフルえる)──などと思ってしまったらすでにイケアの思うつぼである。 私は方向感覚には自信があるのだが、フロア図をまったく見ないでいたらこの迷路式のフロアにはまったく歯が立たない。スタッフがいないのできくこともできないので矢印をたよりに進むしかなく、急いでいたのに外に出るまでに20分かかってしまった。じつはいろんな商品に目移りしてしまってよけいに迷ってしまったという経緯もある。イケアの思うつぼである。 まだ開店から間もない。雨で比較的客足は少ないであろうにもかかわらずレジがあまりに混んでいるので買い物をやめて、ソフトクリームとホットドッグだけ食べたのでありました。ホットドッグのチリソースが冷たかったのはご愛嬌。 楽しいですよ、イケア。無印良品にとっては脅威なんじゃないでしょうか。「無印でいいや」が「イケアのほうがええがな」になるかも。
「何かおもしろい本はないですか」とミーティングで神戸店長に聞かれたので、即座に『エンデュアランス号漂流』(アルフレッド ランシング著、新潮文庫)と答える。 動物マンガ家のくまがいさんも最近読んだそうだ──ということは、さてはガラパゴスの次は南極を狙ってますね。 帰宅すると、たまたま目についたのでアマゾンで買っておいた斉藤実の『孤闘』(角川書店)が届いていたので、ひさしぶりに冒険物を一気読み。 個人的には、単独地球1周の「アラウンド・アローン」レースに出場したあと、ゴールのアメリカ東海岸から日本までとくにこだわりもなくまたヨットに乗って地球を東回りで日本に帰るのがすごいと思った。 ヨットというのは風だけを使って進む頼りない船だというのが一般的な印象だが、実は外洋航海用ヨットは1万トン級の船と同じくらい波に強い。それでも横転するのは当たり前、前転することすらあるのが外洋ヨット航海の世界である。著者も横転は数え切れないほど経験し、完全に転覆(つまり海の中で逆立ち)もしている。(ちなみにヨットは横転・転覆しても復元するので沈没はしない) 外洋航海・漂流ものの特徴は、とにかく登場人物が少ない(海の上だからね)のでどんどん読めてしまうということである。読みどころは、地上に生きる人間には信じられないほど凶悪な暴風波浪、寒さが襲う中で冒険家が一体なにを考えたか、ということにつきる。(ヘイエルダールのコンティキ号はちょっと毛色が違ってバルサ材のイカダの旅は魚も捕れてとっても安楽、古代人でも楽勝だよねという内容) ヨットで世界一周をしても今さらパイオニアワークではなく社会性も少ないのだが、やっぱり命をかけて地球を同じヨットで6周もしてしまう人の生き方、考え方というのはすがすがしい。すらすら読めて、深い読後感を残すというのが漂流ものの特徴かもしれない。 命を賭けたシンプルな行動が陸の社会のおかしさを浮き彫りにするのもまた読みどころだ。 堀江謙一は世界初の大平洋単独横断に成功したとき、日本の出入国管理局に届け出を出さず、闇に紛れて西宮のヨットハーバーを出航し、まるでドロボウのように紀淡海峡を抜けて日本の領海を「脱出」している。正式な許可が出ようはずがなかったからだ。そして、世界初の快挙を成功させた若者に対して、日本政府は「出入国管理法違反」で応じようとした。 ところが、サンフランシスコ市がこの人類史的快挙にたいして堀江青年をいちはやく名誉市民にしてしまったので、後から見解を撤回するという醜態を演じている。 『孤闘』も海から陸を見る視点が新鮮だった。アラウンド・アローンのレース中にマストが折れて遭難した女性セーラーのイザベル・オティシエをオーストラリア海軍が150万ドルの費用をかけて救出したのだが、その費用は国が負担すべきなのかどうかマスコミで問題になったそうだ。この問題は結局オーストラリアの防衛大臣が 「我々は、こういうときのために国民から給料をもらっているのだ。今回の救難活動は困難を極めたが、めったにできない、とても良い訓練にもなった。そして、なにより尊い人命を救えたことを誇りに思っている」 と語ったことで収束したという。かたや1991年に開かれたジャパン─グアムヨットレースでは、遭難者が多数出たことを訴えられた主催者の旧日本外洋帆走協会が多額の負債を負ったそうだ。 助け合わなくては生きて行けないというのが海の常識であり、先進国以外なら地上の世界でも常識なのだが、大平楽の日本では通用しない。何であれ制御可能だと思ってしまう日本の行き着いた先が、イラクで拉致された同胞に向けられた「自己責任」という言葉だったのではないか。
24日は雑貨屋仕事で神戸へ。アルバイトの時給について神戸店長と話し合う。 「人事は面倒」とはよく聞くが、ほんとうは面倒でもない。 アルバイトというのは、つまるところ単純労働に就き、労賃はごく安い時間給でいただくという、そういうワーキングスタイルである。給料が安いだけに重責も与えられず、アルバイト本人もそれだけの重責を担う気概も持たない。単純に言えば、他人と取り替えがきいてしまうのである。取り替えがきいてしまう人間にわざわざ高給を払うバカはない。そういう悪循環的制度なのである。 わざわざフリーターを自分の職業として選んでいるということは、自分の未来をわざわざ時給800円におとしめていることに他ならない。自分は他人と取り換えのきく人間であると公言してことになる。 企業活動は利益を最大化させて再投資していくのが目的である。アルバイトの時給が800円だろうと850円だろうと本質的問題ではない。唯一最大の問題はアルバイトであろうと社員であろうと、あるスタッフに投じた金額以上の見返りが返ってくるかこないか、それだけだ。極端にいえば時給が100万円のアルバイトがいてもいいのである。そのアルバイトがそれ以上の見返りをもたらしてくれればいいのである。そう考えれば、政治家とつながりのある人間がコネで入社できたりする理由も分かるとおもう。問題が生じたときに「ちょっとセンセイに話があって」と持ちかけられる、そのコネに大きな企業的値打ちがあるからだ。コネに理あり、である。 昇級を目指すなら自分にかかるコストと、自分の与えられるリターン、それだけを考えればいい。自分が給料以上のパフォーマンスを残せるという見込みを表現できればいいのである。この場合のパフォーマンスは直接的に売り上げの上昇など金額面だけにとどまらない。どれだけ「自動的に学んで」前に進んで行ける人間であるか。企業が危機的な状況に陥ったときにどれだけ場をなごませることができるか。スタッフの士気をどれだけ高めることができるか。なんでもいいのである。 じつはアルバイトと社員の間を隔てている壁は福利厚生の差でも実質的な能力の差でもなんでもない。自分の能力にしたがって給料をもらうという「覚悟」だと思う。前述のように基本的に時給なんていくらでもいいんである。アルバイトっていうのはいくら能力が飛躍的に上がっても低い限界値がもうけられているが、覚悟さえしてくれれば高給が払えるから、企業側もラクなのだ。 アルバイトは、早く働けど働けどなお我が暮らし……的「時間の切り売り」型のワーキングスタイルからできるだけ早く脱することができるようにパフォーマンスの基礎となるスキルを向上させ、一方で覚悟を磨いてほしいとおもう。忙しいふりをしているだけの社員よりは考える時間も学ぶ時間もあるはずだ。 ──というような話を店長とするが、じっさいには一部のアルバイトの給料が上がるとやっかむ人がでそうだ、とか、説明するときに困る、とかそういう本質的でない部分にまどわされることになる。 基本的に自分の給料と他人の給料を比べるという、そういう考え方自体が私になじまない。私がこれまでアルバイトをしてきた中で念頭においていたのは、「常に社長の気分で仕事をする」ということである。自分がどれだけのものをこの会社に与えるられるか。 だいいち他人の給料を云々したところで自分の能力は上がるわけではない(あたりまえだ)。会社の利益に貢献するわけでもない(あたりまえだ)。だいいち、他人の給料をことさらに言挙げする人は、他のアルバイトと自分の能力をどうやって比較したのか。コンピュータの演算能力なら簡単に測れるが、人間の能力なんて置かれた状況によっていくらでも変わってしまうのである。 内田樹のいう「平八的な能力」はいったいいくらなのか。 それをきっちり比較・査定して、たった数十円ステップの時給に厳密反映させるというそんな曲芸じみた調整が本当に可能だと思っているのであろうか。 それこそ企業的に見合わないのである。 さきほど給料以上のパフォーマンスを残せるなら、給料などいくら出してもいい、と言ったが、そのパフォーマンスというのも「だいたい、大枠で」の話である。まあ、あんたはそういう能力はありそうだよね、と納得できればそれだけの給料は払うという意味だ。パレートの法則によって、そうして働く10人のうち2人が有能であれば、企業は成り立つ。だが、たった数十円の時給の違いを面接で判別することなど、人間にはできないのである。無理にやろうとすると、えてして「能力給方式」→「売り上げ連動方式」というゼニ臭い道に足を突っ込むことになる。 時給数十円の違いなど会社にとって大きな意味を持たないし、そんな数十円刻みの細かい査定をすることなど不可能なのだ。会社はできるだけの労力を割いてアルバイトが気持ちよく働けるように努力をしているはずであるし、逆にいえば「できるだけの努力」しかしていないはずである。「ウチの給与体系はそれでもおかしい」というなら、そんな阿呆な会社で働くのはやめればいいだけのことだ。 別の場所で同じような給料を払う企業はあるだろうし、アルバイトでいるかぎり、企業にとってもあなたは取り換えのきく存在でしかないのである。
土曜日の甲南合気会のほかに、水曜日にも芦屋合気会のお稽古にも参加することにした。これで週2回合気道の稽古ができることになる。週に1回しかないと、稽古自体がお休みだったりやむをえず参加できなかったりしたばあいに2週間もの時間が空いてしまう。すると体がこれまで33年間連日培ってきた普通の動きと感覚に戻ってしまうのである。 できるだけ詰めて稽古し、はやくもっとおもしろく合気道をやりたい。無敵の境地に達したい。杖術も抜刀術もやりたい。ノロノロしている暇はない。 今年は夏にアラスカに3週間くらい行くつもりでいたが、これも断念した。 冒険とは何かというと、これまで誰もやらなかったことを命がけでやることである。私はもともと堀江謙一とか今西錦司とか白瀬矗とかロアール・アムンゼンとか本多勝一とかアーネスト・シャクルトン(注)とかにおおいに影響されて冒険家か探検家になりたかったのだけれど、地理的冒険のために残された場所はもう地上にない。 手癖みたいなもので今もアウトドアが好きで、なかでも長期にわたるミニマリスティックでサバイバルなツーリングがいちばん性に合うなのだけれど、これは単なる趣味だ。べつに冒険でもなんでもない。過去のアラスカや南米の長距離単独カヌーツーリングの話などをすると「冒険家やねー」と言われるが、そんなもの断じて冒険ではない。尊敬する大先達にたいして失礼というものだ。 その手癖のために今年はひさしぶりにアラスカに行こうかと思ったのだけれど、それより今日的な意義があるのが、合気道だと思った。 そとに向かう地理的冒険よりも、内へ向かう合気道のほうが今日の人類的大冒険だと思う。人間の体のことというのは怖いくらい分かっていないからだ。 鍼灸師のナガオカ君が、先週末、東京であった池上六朗先生の三軸修正法の講習会に参加してきた。ナガオカ君はその夜に興奮して電話してきたのだが「今夜はあまりに興奮してますので」というので次の夜にとっくり話し込む。 ナガオカ君の話を私のつたない脳みそが理解したところによると、人体はひじょうに小さな外界からの入力に影響されて修正をしながら成り立っていて、その敏感さというのはたとえば私とナガオカ君が話しているところに誰か第3者が近づいてくるだけで変わってしまうものらしい。極端には、医者に治ると念じられただけで体が微調整を行ってしまう。 こういうことを書くと「おい最近岡本はヤバくなってきたぞ」と思われるかもしれないが、たんに事実なのだ。そういう講習会だったそうだ。怪しい宗教と違うのは、教祖たるべき池上先生自身が 「なんでそういうことが起きるのかは分かりません。誰か研究してください」 とおっしゃるところである。こういう方は信用できるのだ。 たしかに人間の体は想像をはるかに越えて敏感なもののようだ。私が合気道に入門したのは今年の2月であるが、以来、クルマを運転したときに必ずもよおしていた左首筋の原因不明の鋭い痛みが消えうせた。なぜかはもちろん分からないけれど、体というのはものすごいスピードで「別物」になっているのは確かなのだ。 この春、盛岡市でピラティス(西洋式ヨガ、もしくはリハビリ体操みたいなの)をコーチしている大学時代の後輩の女性に会った。この伊藤美奈子ちゃん(言っちゃった)によると、人体に入った水は30秒で体細胞に浸透しはじめ、排出されるのは2カ月後だとか。酔眼トークだったので数字はうろおぼえですが、とにかく体が摂取したものはすごいスピードで体に取り込まれるらしい。 『生物と無生物のあいだ』(福岡伸一著、講談社現代新書)を読むと、体の構成物のうち特に安定していそうな脂肪(ダイエットは苦労しますからね)ですら、中の原子はどんどん入れ替わる。シェーンハイマーが行った歴史的に有名な実験では、成熟したネズミに標識したアミノ酸を3日間投与すると、その56.6%が体内にとどまったそうだ。しかも標識した原子は体中いたるところで見つかる。 「脂肪細胞は驚くべき速さで、その中身を入れ替えながら、見かけ上、ためている風をよそおっているのだ。すべての原子は生命体の中を流れ、通り抜けているのである。 よく私たちはしばしば知人と久闊を叙するとき、『お変わりありませんね』などと挨拶を交わすが、半年、あるいは一年ほど会わずにいれば、分子のレベルでは我々はすっかり入れ替わっていて、お変わりありまくりなのである。かつてあなたの一部であった原子や分子はもうすでにあなたの内部には存在しない。」 とすると、合気道を始めて3カ月を経た私の体は、2月時点での構成分子を小便や雲古や汗や吐息としてじゃんじゃん捨て去り、かわりにその相当部分を2月以降に食べたカニや春キャベツや山菜の原子で置き換えたことになる。私はすでに半ば別人のネオ・アツシであるということである。 そう考えると、首筋の痛みがなくなるくらいのことが起きるのも不思議はないように思う。 そんな物流スピードがこの体を成り立たせて毎日変化させているのだと思うと、本日の合気道のお稽古にも身が入ろうというものなのである。 (注)このアーネスト・シャクルトン卿の実話とは思えないような極地探検をつづった『エンデュアランス号漂流』(アルフレッド・ランシング著、新潮文庫)は私のオールタイム・ベスト・ワンなので黙って買って読んでください。もしこの本がおもしろくなかったら死んでもいいです。
本日は合気道の稽古はお休みである。雨の中のんびりと読書などで過ごす。 ゴールデンウィークは南紀と飛騨を訪ね、渓流に入って昨年始めたフライフィッシングに挑戦した。結果は惨敗。 南紀では外道のカワムツばかり釣れ、飛騨ではアタリすらなかった。南紀の釣りでは標高が1000メートル以下の川だったので、川の上流部までカワムツがアマゴと混棲しているらしく、フライに飛びついてくるのは無邪気なカワムツだけだった。天気が悪かったこともあってか水性昆虫も飛ばず、アマゴが虫を食うライズもない。 外道がいない川を求めて飛騨まで行ったが、こんどは水生昆虫は飛んでいてライズはあるものの、フライは見事に無視されてしまった。 フライフィッシングというのはほんとにほんとにめんどくさい。長いフライラインを振り回すのですぐに薮や木の枝に絡む。ルアー釣りとちがってリールはたんなる糸巻きなので、魚がかかったり(かからなかったが)場所を移動したりするときにはラインを直接手でたぐりよせる。すべての操作がモタつく。 魚は釣れぬわトラブルばかりに見舞われるわフライは失うわでぐったり疲れるところだったが、収穫は渓流釣りにイヌのクロをつれていけるということが分かったことだ。岸で待っていろと言うと、静かに待っている。人間が両手を使ってロッククライミングのようにしないと遡れない岩場でも、なんとか自分で工夫して山側を高巻きしたり泳いだりして付いてくる(一度岩から転落して横腹をしたたか打ち付けていたが)。自分の置かれた状況を把握する能力が非常に高いのである。 投宿先にもどり、ふだんほとんど見ないテレビを見ているとNHKスペシャルで「Judoに学べ」という番組をやっていた。北京オリンピックの男子柔道100キロ超級の代表に選ばれた石井慧選手の柔道についてである。 井上康生選手はあくまで「一本」をとる柔道を貫き、代表の座を得られずに敗退。引退した。ヨーロッパ式の「効果1つ、反則1つの差でもいいから優勢勝ちを収める」スタイルの勝つ柔道を体現して代表の座を占めたのが石井選手である。 番組でヨーロッパ式の柔道の破天荒な技を見てほんとうに驚いた。どんなに不細工な格好でもいいから、とにかく相手を転がし、レスリングまがいの力技で細かいポイントを取りにくる。そして日本人選手に勝つため、いかに組まないかに重点を置く。 おもしろくないことになったものだ。 私は高校時代に柔道の授業があり、細身の体形がわざわいしてかどうもうまく勝てず、悔しい思いをした。しかし本来柔道は「柔よく剛を制す」であるから、私のような者でも修業を重ねれば必ず剛の者に勝てるようになる。そう考え、大学では体育会系柔道部に入って猛稽古に励んだのである。 折よく、いや折悪しくかもしれないが、当時の大阪外大には段位が三段でヒグマのようなフジタ先輩や、こちらも三段ですさまじい切れ味の内股を殺し技にしていたミヤタさん、体重120キロで丸太のような足で大外刈りをかます初段のイシイさん、さらには段位取得がめんどうだからというんでまだ初段だがどうみても三段の鉄筋ビルみたいな体をしたキウチさん、そしてほかにも背負い投げを得意とするゴムまりみたいなタカハシ先輩や初段の同輩が複数いた。こういう面々が、段位五段でセミの生食いを隠し技とするオブチ先生に教えを乞いながら日々稽古の励んでいたのである。 こうして、女子学生が7─8割を占めるため万年部員不足にあえぐ外大体育会系の男子部としては奇跡的な強さを誇った。 近畿地区の大学対抗戦になると近大や天理大などの超強豪と戦うはめになることがあるのだが、5人による団体戦でたった1人差で負けたことがあったと記憶する。学生がほとんど女の子ばかりの外大が、である。体育教師を目指す学生が多く国立大学の中では例年強豪に名を連ねる大阪教育大学や学生数で圧倒的にまさる阪大などを相手にとって簡単に勝ってしまうほどの強さだったのである。 そんな時代の大阪外大柔道部に入ってしまった体重52キロ身長176センチの吹けば飛ぶような体躯のバドミントンプレーヤーだった私は、連日の稽古+筋力トレーニングと食事療法による筋肉量の増加に励み、イシイ先輩の100キロ超級の押さえ込みに見舞われて女まさりの乳房の下でもだえつつ日々を過ごした。学食で食事の後は牛乳をかならず1リットル飲み(飲まされ)、食いすぎで体を文字通り1ミリも動かすことができなくなって学食のイスでのけぞったまま授業を欠席したこともあった。 しかし、元来のヤセ型でなかなか増えていかない体重がようやく59キロになった冬、私は柔道部を去った。「柔よく剛を制す」のことわりがここで見つかる見込みがまったくなかったからである。 バドミントンではインターハイ経験者だった私は、バドミントン部に三顧の礼を持って迎えられ、こちらではやっぱり重宝されてそれなりの活躍したのであった。が、しかし柔道でけっきょく不成功だったという経験はしこりを残したのである。 その後も弁証法的武道理論などを個人的に勉強していていると辛辣な批判者の中には「近代柔道はゴリラのダンスである」という断言もあったりするのを知り、激しく共感することになった。武道の中では合気道がもっとも武道の正統に近いというのをその時に学ぶことになる。 かくして、十余年の歳月をかけてたどりついたのが2月に入門した多田塾甲南合気会であったというわけだ。 柔道はこれからどうなっていくのであろうか。たいしておもしろそうな未来は開けてこないような気がする。体重制を廃し、ポイント制を廃して一本勝ちのみを争うなどの根本的な変化がないと、たんなるわずかな優劣をポイント化するだけのスポーツ化がさらに進むだけで、観戦していてもおもしろくもなんともない柔道になっていくだろう。 北京での石井選手の戦いは、勝っても負けてもそれほどの感興を人々の胸に呼び起こさないのではなかろうか。
今年初の甲子園行き。今年の阪神タイガースは異様な強さを誇っている。勝率は7割を超え、全カード負け越しなし。阪神タイガースと「合気」して生きている関西人は軒並み元気がいい。 ヤクルトとの1戦である。ゴールデンウィークまっただ中、快晴の下のデーゲーム、場所は猛虎ファンの聖地ライトスタンドと、最高の条件の中で観戦した。 ところがこの日の阪神は貧打やミスでいいところまったくなし。1回表にいきなりバッテリーのエラー連続で後逸で失点し、3回に追加点を許した。後半に強い打線も完全に沈黙し、金本も新井もまったく火が点くことなく3時間と持たずにゲームオーバー。 ここのところの疲れがどっと出る。歩いても電車に乗っても眠くて仕方がない。早う帰って寝よう……とおもいきや。 帰路、西明石駅の南にある藤本敦士内野手のご両親が経営する焼き鳥屋「万」で夕食をとった。この万が、厨房のかたがたの料理の腕の確かさと明石という土地柄もあってアブラメの新子の唐揚げやタコ刺し、明石焼など魚介料理が豊富で、メニューの端から端まですべて美味だったので疲れが雲散霧消する。作り置きではなく注文が来てはじめて準備を始める。堅実な美味の効力は偉大なり。 藤本選手のこれまでの苦労や人となりなどについての話をお父上から直接ひとしきり聞かせていただいた上に「藤本うちわ」までちょうだいして、充実した気分で2300時帰宅。ありがとうございました。 すると深夜にもかかわらず鍼灸師ナガオカが来宅。もともと調子がよくなく、合気道を始めて以来さらに悪化し、野球の試合でテキメンに痛みがではじめていた膝などを治療してもらう。若い頃の無茶なランニングがたたったと思い込んでいた膝痛がじつは簡単に治る性質のものだということが分かり、大きく安堵。 ナガオカはこんど池上六朗先生の三軸修正法講座に行くそうなので、合気道と鍼灸、体のゆがみ、東洋医における「どうです、楽になったでしょう」という言葉のプラシーボ効果、雑貨店経営における経営者たるものの正中線──などについて談論風発。 ここに至って疲れと眠気は完全に消えて未明にもかかわらずブログを書きつづり、それでもさすがにこれから寝ます。
鍼灸師のナガオカが患者を診ていると「春は疲れをためている人が多い」らしい。動物の体は暖かくなってくると冬モードから春夏モードに切り替わるのだが、その無理が出てくるのがこの時期なのだそうだ。 だから学校も9月始まりのほうが理にかなっているという。 暖かい時期の勢いを保ったまま入学して、新しい環境に体を徐々になじませる。そして体のペースが徐々に落ち着いてくるころには日も短くなり、いっそう勉学にも身が入ろうというものだ。なるほど。 日本の4月始まりというのは、体には無理が来やすいサイクルなのかもしれない。春になって頭の方は浮かれていろんなことをやりたがるのに、体のほうはまだいまいちついてこない。そんな中入学があったり入社があったりすると、体がいちばんシンドイ時期に激変した新しい環境への適応を要求されることになる。 スギからヒノキにバトンタッチされた花粉は飛んでいるし、黄砂まで日本に飛来して空を茫漠とした春霞で覆い、ただでさえ薄ぼんやりしがちな日本人の頭をさらにぼんやり化する。4月の上旬はストーブを焚くくらいの日もあるのに、後半になると不要になり、暖かい日なら昼間はTシャツでOKという具合で、月のうちでも冬と春と初夏がいっぺんにあるような時期だ。 こうして体が季節についていこうとして4月にため込んだ無理が発病するのが五月病というわけなのだろう。 しかしだからといって9月の入学というのは、いかにも日本人のこれまでの習慣に合っていないように思う。間を取って、5月はじまりにしてはどうだろう。春も終わって体は完全に初夏モードになっている。すぐに梅雨がやってくるが、それも勉学や沈思黙考のためには好都合かもしれない。少なくも体にとっては楽だろうと思う。
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