 きょうの収穫はオオヒラタシデムシ(Eusilpha japonica Motschulsky)。タトウで標本を作製しました。 もうひとつの収穫はアブラゼミ(Graptopsaltria nigrofuscata Motscuhlsky)の羽化。車が行き交う道路の縁石で羽化していました。毎晩たくさんのセミの羽化を見ます。いよいよ夏本番。 
 夜10時ごろ通り雨。庭の材木を片づけていたら羽化の最中のクマゼミが手に当たって地面に落ちた。 変態中の昆虫はとても繊細なのでちゃんと羽化できるか心配したが、網戸にとまらせておくと見る間に羽根が伸びて(ほんとうに目で追えるくらい早い)ちゃんとクマゼミになった。ホッ。 ひさしぶりに見る羽化途中のセミはほんとうに美しかった。オスである。明朝には元気に飛び立ち、今度は大声でこちらを悩ませてくれるだろう。 これが鳴きだしたら夏も本番。
えらく間が空いてしまって失礼しました。 6月末は2日間山形盆地を訪れた。 山形県村山市である。雑貨店EINSHOPの取材&商談旅行である。  昨年山形市出身のサイトー君の結婚式に出席したおり、サクランボ農家の親戚と知遇を得た。直感的に「サクランボはEINSHOPで売れる!」と思い、「サクランボの季節になったらお邪魔します」とその場で自分のカレンダーに訪問予定を書き込んだのである。 「サクランボドロボウ」の横行によって特に名前が知られるようになった山形のサクランボ、最高の品種とされるのは「佐藤錦」である。栽培にあきれるくらい手間がかかり、「赤い宝石」などというニックネームがついて超高級品扱いを受けている。桐箱にきれいに並べられた1キログラム入りのものは2万円を超える値段が平気で付いている。 「みんな欲しいのに、手が出ない」 そこに道をつけるのが我が血筋たる商売人である。道をつけるのに成功すれば大きな動きになる。 箱にそのまま放り込んだ「バラ詰め」でもネットで1キロ5000円前後するので、とてもじゃないが一般家庭で気軽に楽しめる果物ではない。消費の大部分を贈答用が占めてしまう。この現状は単価を上げるためには有効に作用すれど、サクランボがいかに美味であるかが広く一般に認知され消費の底上げをはかるためには果樹農家としては喜ぶべきことではないのではないか。 たんに美味である以外にもサクランボはとてもおもしろい商財になる見込みがあった。たとえば、旬がほんの1週間しかないこと。こんなことほとんど誰も知らないのである。果物屋ではもっと長い期間サクランボは販売されているが、それはさまざまな品種が順繰りに並び、産地もあちこちから集まるからである。山形県の佐藤錦の旬はあくまで1週間なのである。 しかも冬に低温が長く続く地方でないと佐藤錦はとれない。山梨県などでも栽培しているサクランボは別の品種だとのことだ。 こういうトリビアがなかなかおもしろい。そもそも、涼しいところで栽培される果物なので、近畿以西に住んでいる人にとってはまだまだ身近じゃないのだ。 なのに、栽培がとても面倒な果樹(果樹というのはたいてい面倒だが)なので、栽培にかかる手間を説明するだけでも、おもしろそうだ。「へえ」度数が高いのである。しかも旬が短いので、テレビなどのメディアに短期間にそうとう集中的に取り上げられる。 道をつけるため、山形行きの夜間高速バスに乗ったのが16日の夜だった。飛行機は避けた。高速バスは早朝に到着するので時間が有効に使えるからだ。寝心地は悪いけれど、そこはどこでも寝られる体質でカバー。 朝になったらもう山形駅前。初めて乗る奥羽本線で村山市へ。結城農園の結城文俊さんと半年ぶりの邂逅を果たす。  すぐに農園につれていってもらい、選果場・農園を見せてもらった。サクランボ、なかでも佐藤錦のあきれるほどめんどうな栽培がよくわかった。これじゃあ高価になるのもしかたがない。 サクランボは雨に当たると実割れするので、5月末から6月上旬にかけて果樹を完全にビニールの矢根で覆う。そのために果樹園の上はすべて鉄骨を使って頑丈な屋根が作られている。ビニールハウスだが、側面はビニールで覆わず、鳥獣害を防ぐため網で囲んである。 上からの日光を葉が遮ってしまわないようにサクランボにかかる葉は適度に間引く必要がある。おびただしく実っているすべての実にたいして、この作業が必要になる。とんでもない作業量だ。 樹の根元にはいちめんに銀色の日光反射シートが敷き詰めてあった。日光を下から実に当てて色よく熟させるための配慮である。このため、ハウスの中はレフ板が完備した状態になっていてとても明るく、撮影がとてもしやすいので助かる。枝ぶりと色づきのいい実を選んでビシビシ撮影する。  佐藤錦にはほかの品種にない困った性質がある。自家受粉しないのである。つまり佐藤錦だけ植えていても実がつかないから、相性のいいナポレオンなど別の品種を同じハウス内に植える必要がある。すなわち、同じ面積の畑では佐藤錦は収穫量の点で圧倒的に不利なわけだ。10本のうち1─3本は別の品種を植える必要があると聞いて「そりゃ高くもなるわ」と思う。 受粉期には効率良く花が受粉するようにミツバチを借りてくる。農協(JA)を介して養蜂家からミツバチの巣箱を賃借りしてきてハウス内に設置する。この時大事なのは気温が15度以上なければならない。花冷えが起きるとミツバチが活動しないため実付きがいっぺんに悪くなってしまう。これを避けるため受粉期にはハウスを壁で覆って中でストーブを焚く農家もあるようだ。 こうしたいっさいがっさいが、すべてサクランボの値段に跳ね返ってくる。しかも手摘みだから一気に大量に収穫ができるわけではない。 この収穫直前の高級サクランボを狙うのが「サクランボドロボウ」というわけだ。なるほど。 最近は資源・鉄材が高騰しているため、鉄骨ハウス自体の値段がこの2年で2倍くらいになってしまった。「もうハウスは新しく建てられない」と結城さんが嘆く。結局はサクランボの値段のさらなる高騰という形に跳ね返ってくるのだろう。
この冬に薪ストーブを導入したので来年の冬に向けて薪を確保する必要があったのだが、集まる、集まる。簡単に集まるので雨天を縫って割るのがたいへんだ。  やっぱり薪は余っていた。誰も使わないんだからあたりまえだ。 かたや、きょうはバイクにガソリンを入れたが、たった5リットルで800円を超えた。驚きである。 18の歳にバイクに乗り始めていらい、5リットルというのはだいたい500─600円のことであった。それがいよいよ1000円に近づいているのである。それでもバイクだから自動車ユーザにくらべれば圧倒的な移動コストで走り回っていられるのだけど。 別宅の風呂にボイラーを付けたのだが、思い切って薪と石油の兼用ボイラーを選んだ。長府製作所製である。21世紀にもなってなかなかも渋いものを生産している会社である。石油は冬の余りを少し入れて焚いてみたがすぐなくなったので、薪を入れて試運転。5、6本くらいの薪でタンクの湯があっという間に80度を超える温度になる。 というわけで、刃渡り35センチの本職用チェンソーを購入する5万円くらいかかったけれど、それ以降は燃料代はタダ。なかなか気分のいい生活である。石油危機になってみなさんが給湯に困ったら、うちに入りに来たらいい。こういうのをフェイルセーフというのだ。大量の薪を割る必要があるが、薪割り作業というのはとても爽快感があって楽しいので、ぜんぜん苦にならない。運動不足の解消にもなり精神衛生上にも好影響だと思う。 薪の話に戻る。加古川はそれほど田舎でもない。あまり知らない人のために解説すると、JRの特急列車は停車しないが、通勤特急は停車するという程度の街である。人口は25万人ある。 戦後から高度経済成長期を経て急速に人口を増やした街だが、沿海部を離れるとまだまだ田園風景が広がっている。そういう場所に行くと、ナラやクヌギ(アベマキ?)などかつては燃料用の雑木として里山を形成していた木々が直径30から40センチもの立派な木になっている。 これらの木はもう利用限界に近い大きさである。直径50センチ60センチを超える大木になってしまうと、切るにも大変だし、あまりに大きくて回りの木々や道路、家にかかりそうで倒せないような木もある。 今がギリギリの切りごろなのである。 知人に切れる場所はないかと聞いておいたら、あるある。造成地に生えている巨大なナラが「いくらでも持って行ってくれ」状態でどんどん手に入る。だいたい一家でひと冬を越すための薪の量は、直径40センチくらいのナラにして3本から4本くらいといったところだろう。祖父の軽トラを借りて運ぶと、1回の運搬で木1本分くらいが運べる。現在丸太2.5本分くらいは割ったかな。 チェンソーはかつて四万十川でカヌーレンタルのアルバイトをしていたころに少々薪を玉切り(丸太を小切るのこと)したことがあるくらいなので、切りながら慣れるしかない。すでに倒れている木なら玉切りは簡単だが、伐採現場の木は倒した後も何かに引っかかっていたりしてテンションが必ずかかっているので、ヘタをするとチェンソーのバー(刃を乗せて回転する板状の突起部)が丸太にはさまれてしまい、動かすことができなくなる。実際に1回やってしまい、自宅から手ノコを持ってくる帰るハメになった。 バーの先を木に当ててしまうとこちらに向かって跳ね返ってくるし、倒す相手は何百キロもある生木。チェンソーというのは実に危ない道具だ。安全確認を入念にやらなくちゃならない。 朝な夕な、時間さえあれば薪割りをやっているのでお隣のおばあちゃんが「あそこの学校でユーカリの木を倒すらしいけど、あんたいらん?」と声をかけてくれる。ユーカリは脂分がとても多そうなので釜によくないと思って辞退したけれど、ありがたいことだ。木はやっぱり余っている。 これからさらに天井に太陽熱温水器を上げれば、さらに薪の消費量も抑えることができる。石油が足りない上に投機マネーのせいで本来の値段以上に値上がりしている。石油に金を払っても、これでは実際には何に金を出しているのか分からない。 案外都会の近くでもストーブと給湯で薪を使う生活は可能です。山間部ではまだ農家の壁沿いにたくさんの薪が積んであったりもしますが、大平洋ベルト地帯など基本的に暖かい地域では薪などほとんど使われている形跡がない。しかし実は、太平洋側の都会にちかい場所こそ、木質燃料を活用するのは案外簡単なのかもしれません。ぜひトライしてみてください。 (参考)薪ストーブ生活に必要なもの □チェンソー(新品で5万円以下。バーの長さが30─35センチくらいが使いやすい。林業用が丈夫) □軽トラ(薪を伐採現場から運んでくる。これが案外ネックになりそうだが、レンタカーで借りればいい) □斧(1万円くらい) □薪ストーブ(1万円─100万円。趣味の世界なので、私の使ってる1万円以下の時計型ストーブから北欧製の高価なものまで) □煙突工事(5万─30万円くらいか。家の形状と煙突の質によりけり。二重構造の煙突は高価) □薪置場(割った薪を乾燥させる場所が必要。屋根がほしいがブルーシートでもいけるかな) ネットで検索すれば薪を販売している店もたくさんあります。最初はこういった店から購入すればチェンソーもいりません。こんなの( http://www.makiclubshop.com/index.html)とか。
現地たった2日間のカワウソ調査は大成功。これまでにないほどの鮮明な生態映像が撮影できたのである。 今回はこれまでで最強のハンドライトを導入したのだが、このライトの破壊力たるやすさまじく、手持ちなのに高級外車のヘッドライトの何倍もの強さで発光する。持続時間は1時間半ある。 これまで米軍がライフルの銃身に付けて夜の野戦で使うというSureFireのライトや、大型の懐中電灯などさまざまな照明器具を模索してきたが、まるで真昼と見まごうような明るさが手に入るようになったのである。製造元の日本探索光研(http://www.search-light.jp/)には満腔の敬意と謝意を表したい。本来は災害救助現場でのサーチライトとか、そういう現場系の照明として使われるもののようだ。 カワウソの調査ってどういうことをやるのかよくごぞんじないであろう。日本にいないんだから当たり前なので、簡単にご説明申し上げる。 目的はカワウソの生態を明らかにすることである。ニホンカワウソで調査ができない以上、いちばん近い場所に棲み分類的にも亜種以下の差しかない韓国のユーラシアカワウソを調査するのがもっともいい。韓国にはまだ生息地がたくさんあり、現在は保護政策もあいまって生息頭数が増加傾向にある。あるメジャーな川の、ダム湖に流れ込む支流で調査を繰り返してきた。 カワウソはほかのほとんどの哺乳動物と同じく夜行性である。昼間の調査では前夜のカワウソの行動を「痕跡」によって推理する。痕跡というのはつまり足跡とフンだ。 足跡の大きさからカワウソのサイズ、歩いた方向、連れがいたか、など行動している個体について情報を蒐集する。またフンからはどこで何を食べたか、フンの鮮度を見てどの時刻にその場所でフンをしたか、などさまざまな情報を得る。フンはどうやらイヌの小便と同じく他の個体に対するサインの役割も果たしているようなので、どういう意味があるかも考える。フンといっしょに「オッターマウンド」という小さな砂山を作ることも多い。これはなぜ作るのかよく分からないのだが。 数人で川の一定区間を分担して痕跡情報を集め、その分布を見て現在(つまり調査をしている昼間)カワウソがどのあたりで休息しているかを推定。この推定に基づいて、夜の目視観察に入る。 夜の目視観察は直接カワウソを観察して、さらに具体的な行動情報を得る。撮影をしたり、その夜の何時にどこに現れたかなどの情報を得るのがこの夜間観察の役割だ。しかしこれが苦行である。出てくるか出てこないか分からないカワウソを、橋の上などでカメラを構えて身じろぎもせずに待ち続けなければならない。韓国の山中は日本の飛騨地方くらいの寒さになり、川が凍ることもある。いくらダウンジャケットを着込んでも体温はどんどん奪われていく。 夜間観察の難しいのは、ライトで追いまわす観察になるため、カワウソの行動に人間が影響を及ぼしてしまう点だ。しかし、撮影のためにはライティングは不可欠である。 今回の調査では1日目に狭い区間に痕跡が集中していたため、すぐにカワウソの行動区間が特定できた。4人のメンバーが二手に分かれ、いちばん可能性の高い区間を上流と下流で挟み撃ちするように待ち受けたのである。案の定、日が暮れてまもない7時20分ごろ、一頭のカワウソが上流から下流に向かって下りてきた。発見したら携帯電話で連絡を取り合って、自動車で1カ所に移動する。撮影をしながらカワウソの追跡を開始する。 いくらライトが明るいといっても、数百メートル先のカワウソは闇の中でポツリと目が光るだけである。真っ暗な川を双眼鏡でのぞき込み、スウと流れる光を見つけるのがまず第一の仕事。今回投入したライカの双眼鏡は小口径ながらヌケがとてもよく、威力を発揮。いちはやくカワウソを発見してメンバーをうらやましがらせた。 現れたカワウソはひじょうな自信家で、橋の上から強烈なライト数発で照らしていてもほとんど気にせずに橋の下を通過した。双眼鏡で見ていると、眼下の水中を泳ぎ去るカワウソの毛が水にたなびいているのまで見えるのである。まるで水族館みたいであった。まだカワウソを目視したことのなかったメンバー(わたしよりカワウソ歴は長いんだけど)は興奮しきり。わたしもこれほどくっきりと観察したことはなかったので感動であった。 超強力ライトと図太いカワウソの登場、そしてなによりこれまで20年間にわたる調査の積み重ねにより、長時間にわたって生態を撮影することができたのであった。超短期間の弾丸調査行でこれほどの撮影をすることができたのはほんとうに幸運だった。 哺乳動物の観察というのは、日本ではあまりはやらない趣味だけれど、動物や植物を切り口に世の中を理解する向きにはぜひおすすめしたい。なかでもカワウソはじつにおもしろい。なぜかって、観察が比較的簡単だからだ(韓国に行けばね)。 カワウソは基本的に水辺しか移動しないので、川沿いに歩いていればさまざまな情報が得られる。なかでもフンを見つけることなどはひじょうに簡単である。仲間へのサインの意味があるからか、川のなかでもいちばん目立つ場所、たとえば馬の背のように盛り上がった石の上だとか、気持ちのよさそうな砂地だとか、そういう場所に選んでフンを残すのだ。 水辺だから足跡も見つけやすい。山を歩いている動物はたまたま柔らかい場所を歩いてくれないかぎり足跡は残らないが、カワウソの場合砂や泥に上陸すればすべての足跡がなんらかの形で残る。しかもお気に入りの場所は繰り返し使ってくれる。たとえぼんやりとした足跡ではあってもサイズから大人・子どもの区別はつく。前日に調査者が付けた足跡の上をカワウソが歩いていたこともこれまでなんどかあった。そういう頻度で見つかるのである。 毎日新しい発見があるのがカワウソ調査のおもしろさ。目が慣れてくるとますます痕跡が見つかるようになり、カワウソに肉薄しているのが感じられる。いちばん難しいのが巣穴とか、寝屋を見つけることで、これはまだ果たせていないのだが、これが見つかるとさらにカワウソの生態がはっきりしてくるとおもう。 また野望に一歩近づいた。
また川の話。今度は地元です。 兵庫県の加古川市に住んでいると、近隣にあまりいい川がない。必然、カヌーツーリングや水遊びのためには清流を求めて遠出することになります。 遠出を前提にしてしまえば、加古川という場所も悪くはありません。地元に清流はないけれど、3時間圏内にいろんな川が味わえる。 南紀はちょっと遠めですが、思い切って足を伸ばせば清流がたくさんある。四国三郎吉野川は高速道路が整備されたおかげで、アクセスが大幅に改善したし、徳島県の南部へも近くなりました。東に向かっては、長良川へも岐阜ならちょうど3時間程度で行ける。あまり清流とはいえないものの、岡山県に行けば吉井川や高梁(たかはし)川もある。 河川としての加古川は見るべきものがありません。なにしろ河川の勾配が、たしか日本の一級河川の中でいちばん緩い。ゆっくりゆっくり流れ、周囲が開けているものだから人口が多く田畑も多い。悪いことに兵庫県はゴルフ場の数が日本で2位です(1位は北海道。納得)。年中濁りが強く、堰が多くてカヌーで下ってもあまり楽しめない。 こんな加古川からでも、時間が空いたときにサッと行って帰ってこれるのは姫路の奥にある夢前川(ゆめさきがわ)くらいでしょう。ここはかなり透明度が高く、上流に行くと希少種になったオヤニラミが見られます。 この夏は雨が少なかったので期待していなかったのですが、26日に訪ねてみると水量豊富・水質無双のこれまでで最高の条件でした。そう「雷三日」で強い雨が先週数日にわたって叩きつけたためですね。増水した水がちょうど透明度を取り戻したばかりだったのでした。 小さな川で取水堰が多いためカヌーで下ることはできませんが、泳いで遊ぶなら最高の場所です。 堰堤の落ち込みで潜ってみると、オイカワやカワムツが大群をなして泳いでいて、見ているだけで気分が高揚する。ちょっとヤスを持ち出してきてお遊びていどに魚と追いかけっこ。陸に上がってみると、羽化への最後の旅なのか、ヤンマのヤゴが脱ぎ捨てたスリッパの横を歩いていた。 これくらいの清流が自宅の近辺にあったら満足なんだけどな。 ちょうどこのブログを書いている今も強烈な雨が雷とともに叩きつけています。今週末ごろ、ちょうどまた水が澄み始めるでしょう。もう一度訪れる価値あり、です。  (画像はwww.tenki.jpからレーダー画像をいただきました。急な雨の時、どこでどれくらい降っているかなどを調べるのに非常に重宝します。雷雲が西から迫っているとき、このサイトを見ればどれくらいで雨がやって来るか予測が可能です。)
お盆は南紀に行く。中辺路町内の川原でキャンプ6連泊。帰ってくると「キャンプ6連泊」と言っただけで周囲が驚くのに、逆に驚く。 同町周辺の清流を転々とする。麗しい清流が多い。6泊や7泊ではぜんぜん飽きない。 川でここ数年はまっているいちばんおもしろい遊びはアユ突きである。流れの速い瀬を泳いでいるアユを、泳ぎながら突きとめるのである。これはこれまで経験した遊びの中でも特上の部類に属するほどおもしろい。 なにしろ難しいのである。 アユは流れの速い瀬にいるものと、淵にいるものがある。しかし淵にいるものはなかなか突けない。意外に思うかもしれないが、突けるのは流れの速い浅い場所にいる魚だ。 淵は深さがあるので、魚は水の厚みを利用して3次元的に逃げまどう。また人間にとって不利なことに、流れが緩い淵の水底には障害物がほとんどない。遠くからこちらが丸見えだ。淵にいるアユは群れまとまって逃げなかなかヤスの射程距離に入ってこない。群れている魚は周囲の仲間の動きに追従して動くからやりにくいのだ。1匹逃げだすとみんな逃げる。多くの弱い魚が群れをなすのは、こんな効果もあるからだろうと思う。イルカやカワウソも魚の大群は案外狙いにくいのかもしれない。 この諸条件が流れの速い瀬に入ると逆になる。 瀬を泳ぎ下っていくと、そこにいるのはナワバリアユだ。もちろん上流に頭を向けて泳いでいるので、こちらとハチ合わせすることになる。瀬の水は大量の気泡を含んで流れ、さらに瀬の中は大きな岩や石がゴロゴロしているので感づかれるのを遅らせることができる。 基本的にアユは追われると上流に逃げる習性がある。瀬にいるアユは上方に逃げても空中に飛び出すしかないことを知っているのか、水底ギリギリのところを上流に向かって人間をかわして逃げようとする。ヤスの射程距離内に入ってくるわけだ。そこに岩があると、自分のすぐ横を通って逃げていくアユの経路を読むことができるのだ。岩や石があると、こんな理由で闘いやすくなる。 瀬にある石は流れに常に洗われて新鮮なコケが付くから、強いアユはここにナワバリを作る。瀬にいるアユは、1畳くらいの広さのナワバリを守っている戦闘的なアユである。ナワバリアユは体も平均的に大きい。淵にいるアユはナワバリを持てなかった「負け組」であるといっていい。 このアユのエリートたちである瀬アユに、相手の土俵である水中に殴り込んで正面から真っ向勝負を挑むのである。 相当な速さで流れ落ちる水を読む力とその中を泳ぎ回る泳力、どのアユを仕留めるかを選ぶ判断力(それ以前にアユと他の魚を遠距離から見分ける力)、すれ違いざまに一瞬先のアユの位置を予測してヤスを放つ決断力(チャンスは非常に少ない)などが全部必要になってくる。 しかも、1度瀬の中を泳いでおどかしてしまうと、アユはしばらく戻ってこない。基本的に一発勝負なのである。後はない。 1日中やって5匹も捕れればいいくらいのささやかな漁だ。しかもグタグタに疲れる。 興味深いのは、複数のアユがいるところに闇雲にヤスを発射しても、まず突けないという事実だ。捕れるのは、アユ1匹に狙いを定め、そのアユにヤスが突き刺さる姿を明確にイメージできたときだけ。それだけに、突き止めたときの喜びは大きい。 光景も美しい。透明な中にエメラルド色を帯び、無限の階調を持つ水の深みを背景に、川魚の中でももっとも美しい流線型の物体がヤスの先に貫かれる。一瞬前まで川の精だった魚がえび反りになって血を散らす。自分が人間ではなく、別の力を持った特別な存在になったようなこの興奮。 川でのここ何年かの最良の記憶は、何回かあったこんな瞬間のなかでも、さらに最高のシチュエーションだったあの川のあの時のあのアユを突き止めた瞬間。その瞬間で固定したままである。 時々漁協の監視員に注意されるけれどね。ちょびっとだけですから、捕るのは。お許しください。 
 一枚岩前の川原に200パイのカヌーが川原にぞろぞろと並べてあって、今しも出発の朝礼が始まろうとしているところだった。 ツーリングコースとして有名になってきた古座川のゴミ拾いカヌーツアーである。 参加者の家族連れが快晴の下そわそわと待っている傍らで、野田知佑さんがこのツアーの「客寄せパンダ」(と、私が言うんじゃなく、野田さん本人がよくおっしゃるのである)としてテレビや地元メディアの取材を受けていた。 合間をみて「どうもこんちは」とお声をかける。「おお、なんだなんだオカモトか」「たまたま下ってたんですよ」などとご挨拶。 老師は「この川はアユ釣り師との共存ができてるんだよなぁ」と慨嘆なさる。カヌーツーリングなど存在しなかったころから日本のあちこちで川下りをしてきた野田さんは、各地の川でのアユ釣り師との悶着やいざこざ、が絶えなかった。著書を拝見しても「あの川のアユ釣り師を川に叩き込んだ」といったたぐいの武勇談がある(よね、たしか?)。私の経験でもアユ釣り師のいる川のツアーはたいへんに気を使う。この理由はすでに書いたとおり。川の狭い水路の取りあいになってしまうのである。 歴戦の老師はアユ師との軋轢(あつれき)のない共存共栄の川を賞賛するのである。たしかに、このことだけでも古座川の取り組みは日本初の名誉に値することなのだ。もっとおおいばりにいばってもいいことだろう。 大勢の参加者の前で野田さんが挨拶する。 「おはよう。きょうはじゃんじゃん下って、じゃんじゃん沈すること。沈したら川底のゴミを拾って上がってくること。それだけです」 相変わらずエスプリの効いた短い挨拶だった。 この大人数のツアーに巻き込まれるわけにはいかないので、すぐに出発する。トンビが大岸壁の前でヒラヒラ舞っているのを見ながら一枚岩前を出発。 この一枚岩を代表として、古座川の美点は川岸の山容に奇岩断崖が多いことだ。下っていて景色に飽きることがない。針葉樹の植林が7分、広葉樹林が3分くらいの割合で山肌をおおっている谷間の森から、いきなり巨岩が突き出していたり、川の中にも絶壁がそそり立っていたりする。ホームグラウンドの四万十川は長大な上に同じような淵とトロ場が延々続くのでどこを漕いでいるのか分からなくなりそうになる(というより、そんなこまかいことがどうでもよくなる川だ)が、古座川はちんまりと短く、目に映る光景がどんどん変化するので各ポイントを覚えやすい。 そんな中ぐいぐいとフネを進める。久しぶりに漕ぐ水の重さに関節がきしむのが心地よい。
出発すると、気付くのが川原にゴミが異様に少ないことだ。この場合、川原というのは、周辺の木々も含む。 日本の川は日本の川は氾濫をくりかえして1年を過ごす。渇水期には洪水時に流れてきたナイロン袋や生活ゴミが川岸のあちこちに引っかかって残る。とくに日本の南西部である和歌山は降水量も多く台風の影響を受けやすいのだが、この川はその川岸のゴミが圧倒的に少ないのである。 上流部に人が少ないことが1つの原因であろうことは想像できる。でも、同じ地方の川でも、四万十川などではゴミはめちゃくちゃに多く、洪水時に見ていると、冷蔵庫から洗濯機、材木、あらゆる家財が流れてくる。 哀しいことだが、田舎に住んでいる人は案外自然など「愛して」はいないものだ。ゴミを平気で捨てる田舎の人は多い。自然の中に入るとえてして都会にすんでいる人の方がマナーがよく、ナマイキな格好をしてブラックバスを釣っている若いルアー釣りの兄ちゃんが空き缶など捨てずに持ち帰っているのに、地元の漁師が漁具を川に捨てているというような現実はあまたある。 だが、この古座川にはゴミが少ない。何かゴミを捨てない習慣でもあるのだろうかと思うくらいだ。 川を下っていくと、2級(日本スケール)の瀬がいくつかある。1メートルの落ち込みがあってちょっとびっくりしたくらいで、あとは簡単な流れ。どんどん下っていく。川が短いのは分かっているのでゆっくり行きたいのだけれど、そうも行かない。なにせ、下流のイベントに集まっている200人を追い越すまではのんびりできないのだ。  山は植林も多いが、照葉樹林もちゃんと残っている印象。今の時期はシイの花が山を黄金色に包む。植林がほとんどされていない箇所は、クリの花のような色で全山が包まれる。この時期の山が本当に好きだ。 この河川旅行はアユ釣りの時期に入るまでに計画したかった。日本の川は6月に入ると全面的にアユ釣りのフィールドになってしまい、川に高いカネ(入漁料)を払って入っている釣り師には居丈高なのが少なからずいる。カヌーに敵対的でない人も多いのだが、こちらもアユ釣りの繊細さ知っているだけにとにかく気を使う。豊水期でない川はいちばん深いルートを取らざるをえず、その川のいちばん深いところはもっとも流れの早い場所だからアユ釣り師にとっても好ポイントなのである。 これまで南紀の川は京阪神から近い(と勘違いできる)距離なので、6月初旬の解禁直後など、川下りができたものではなかったのだろう。このうっとうしい問題も、古座川は一定のルール作りで解決した。 アユ釣り師とカヌー利用者の川の使い分けを ルール化したのである( http://kokoza.com/modules/myalbum/viewcat.php?cid=9)。1年間を5つの時期に分け、下れる区間が細かく決められている。ケンカばかりしてきたカヌーとアユ釣り師にとって、共存の時代を切り開いたといえよう。 朝の涼風を切り分けて漕いでいると、一枚岩の岩山が見えて、名勝・一枚岩(いちまいいわ)到着。200パイのカヌーが出発準備をしていた。野田知佑さんを発見。挨拶に上がる。
清浄な朝の空気の中でフネを組み立てる。寝不足なのが玉に瑕(きず)だが、ひりひりと肌に凍みる山峡の空気が心地いい。目覚めの音は鳴き交わすウグイスだ。 5月の日曜日、絶好のキャンプ地だというのに川原にはキャンプする姿はない、キャンプ場は混んでいるのに、川原はいつも空いているのが日本の川だ。 半径数メートルに必ず人がいる生活からいきなり数キロ四方に誰もいない生活に移行できるのがカヌーツーリングのいいところだ。これがアラスカや南米の川になると、数十キロから数百キロというオーダーにまで広がる。次の村までも数百キロ。数日漕いでも次の村に着かないぜいたくさ。 とひとり、まだ日が差し込まない川原の朝を楽しんでいたら、6時になってカヌーを担いだ男性が川原に1人で降りてきた。宝塚からきたそうだ。 「野田知佑さんにいちど息子を会わせたくて来たんです。あれ、知らなくて来たんですか?」 なんと、下流ではカヌーイストの野田知佑さんが参加する200人の大カヌー部隊が古座川の清掃ツーリングのスタートを待ちかまえているという。まったく知らなかった。これは早く出発しないと巻き込まれるとえらいことになる。男性は息子をカヌーイベントに連れてきて、自分は早起きして数キロ上流からスタートするのだという。あっというまに出発していった。 こちらも荷を解き、フネを組み立て始める。10年以上前に買ったフェザークラフトのK-1である。数千キロあちこち旅をして穴あき、傷つき、船体布は色あせてはいるが、まだまだ現役。おそろしく頑丈なフネだ。本当に感心する。1日のツーリングで使うにはちょっと重いが、乗っていると気分が高揚してくる。 8時、出航。  5月南紀山はシイの花で金色に彩られる。トビが広い谷間を舞う
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