神戸ポートアイランドにできたイケアに行く。北欧雑貨店の関係者としては鳴り物入りで登場したこの超巨大ストアは見ておきたかった。 とにかくセルフ、セルフである。いちばんおどろいたのがスタッフの少なさ。体育館くらいの広さを見渡せるフロアに行っても、見回してもスタッフが1人もいない。デジタルカメラで店内を撮影してたら怒られるのかと思ったが、そんなことを注意する気もないようである。万引きなどやり放題だろうにと思うが、見た限り監視カメラもない。 そんなところに割く人件費がもったいないのだろう。 とにかく生産ロットを増やして安価に提供すること。しかし、デザインは水準をクリアしたものだけを──この2点に徹している。 あとは来店客をいい気分にさせる仕掛けはいたるところにあって、さすが、と思わせた。たとえばホットドッグがたった100円だったり、ソフトクリームがたった50円(それなりに小さい)だったり。なんとはなしに得した、という気分になる。たった100円のホットドッグだが、販売店が温度計を差し込んでソーセージの芯の温度を測っていたりする。 ベッドが陳列してあれば、座ってみてもいいのかしらん、と疑問に思う前に「お試しください」と大書きされたシートが目に入る。スタッフがいないぶん、店内のあちこちに看板が多いのだが、デザインがシャレている。配達じゃなくお客の持ち帰りをうながす看板には車が描かれているが、さりげなくFIAT 500(ルパン三世が『カリオストロの城』で乗ってたあれね)の、しかも後ろ姿だったり。 東急ハンズみたいに、目的の商品は店内の1箇所にあるのではない。店自体が広大な迷路みたいになっていて、リビングゾーン、子ども部屋ゾーン、キッチンゾーンなどを通り抜ける間に、同じ商品がいろんなところに置かれているのだ。しかも山積みなので見落とされることがまずない。そうして目に付いた商品を、あ、便利そうなスタンドライトだなと思ってタグを見ると、 「ワークライト799円」 だったりする。5年前に買った同じような機能の机上用Zランプは10000円以上したぞ。どういうことだこれは?わなわな(手がフルえる)──などと思ってしまったらすでにイケアの思うつぼである。 私は方向感覚には自信があるのだが、フロア図をまったく見ないでいたらこの迷路式のフロアにはまったく歯が立たない。スタッフがいないのできくこともできないので矢印をたよりに進むしかなく、急いでいたのに外に出るまでに20分かかってしまった。じつはいろんな商品に目移りしてしまってよけいに迷ってしまったという経緯もある。イケアの思うつぼである。 まだ開店から間もない。雨で比較的客足は少ないであろうにもかかわらずレジがあまりに混んでいるので買い物をやめて、ソフトクリームとホットドッグだけ食べたのでありました。ホットドッグのチリソースが冷たかったのはご愛嬌。 楽しいですよ、イケア。無印良品にとっては脅威なんじゃないでしょうか。「無印でいいや」が「イケアのほうがええがな」になるかも。
「何かおもしろい本はないですか」とミーティングで神戸店長に聞かれたので、即座に『エンデュアランス号漂流』(アルフレッド ランシング著、新潮文庫)と答える。 動物マンガ家のくまがいさんも最近読んだそうだ──ということは、さてはガラパゴスの次は南極を狙ってますね。 帰宅すると、たまたま目についたのでアマゾンで買っておいた斉藤実の『孤闘』(角川書店)が届いていたので、ひさしぶりに冒険物を一気読み。 個人的には、単独地球1周の「アラウンド・アローン」レースに出場したあと、ゴールのアメリカ東海岸から日本までとくにこだわりもなくまたヨットに乗って地球を東回りで日本に帰るのがすごいと思った。 ヨットというのは風だけを使って進む頼りない船だというのが一般的な印象だが、実は外洋航海用ヨットは1万トン級の船と同じくらい波に強い。それでも横転するのは当たり前、前転することすらあるのが外洋ヨット航海の世界である。著者も横転は数え切れないほど経験し、完全に転覆(つまり海の中で逆立ち)もしている。(ちなみにヨットは横転・転覆しても復元するので沈没はしない) 外洋航海・漂流ものの特徴は、とにかく登場人物が少ない(海の上だからね)のでどんどん読めてしまうということである。読みどころは、地上に生きる人間には信じられないほど凶悪な暴風波浪、寒さが襲う中で冒険家が一体なにを考えたか、ということにつきる。(ヘイエルダールのコンティキ号はちょっと毛色が違ってバルサ材のイカダの旅は魚も捕れてとっても安楽、古代人でも楽勝だよねという内容) ヨットで世界一周をしても今さらパイオニアワークではなく社会性も少ないのだが、やっぱり命をかけて地球を同じヨットで6周もしてしまう人の生き方、考え方というのはすがすがしい。すらすら読めて、深い読後感を残すというのが漂流ものの特徴かもしれない。 命を賭けたシンプルな行動が陸の社会のおかしさを浮き彫りにするのもまた読みどころだ。 堀江謙一は世界初の大平洋単独横断に成功したとき、日本の出入国管理局に届け出を出さず、闇に紛れて西宮のヨットハーバーを出航し、まるでドロボウのように紀淡海峡を抜けて日本の領海を「脱出」している。正式な許可が出ようはずがなかったからだ。そして、世界初の快挙を成功させた若者に対して、日本政府は「出入国管理法違反」で応じようとした。 ところが、サンフランシスコ市がこの人類史的快挙にたいして堀江青年をいちはやく名誉市民にしてしまったので、後から見解を撤回するという醜態を演じている。 『孤闘』も海から陸を見る視点が新鮮だった。アラウンド・アローンのレース中にマストが折れて遭難した女性セーラーのイザベル・オティシエをオーストラリア海軍が150万ドルの費用をかけて救出したのだが、その費用は国が負担すべきなのかどうかマスコミで問題になったそうだ。この問題は結局オーストラリアの防衛大臣が 「我々は、こういうときのために国民から給料をもらっているのだ。今回の救難活動は困難を極めたが、めったにできない、とても良い訓練にもなった。そして、なにより尊い人命を救えたことを誇りに思っている」 と語ったことで収束したという。かたや1991年に開かれたジャパン─グアムヨットレースでは、遭難者が多数出たことを訴えられた主催者の旧日本外洋帆走協会が多額の負債を負ったそうだ。 助け合わなくては生きて行けないというのが海の常識であり、先進国以外なら地上の世界でも常識なのだが、大平楽の日本では通用しない。何であれ制御可能だと思ってしまう日本の行き着いた先が、イラクで拉致された同胞に向けられた「自己責任」という言葉だったのではないか。
24日は雑貨屋仕事で神戸へ。アルバイトの時給について神戸店長と話し合う。 「人事は面倒」とはよく聞くが、ほんとうは面倒でもない。 アルバイトというのは、つまるところ単純労働に就き、労賃はごく安い時間給でいただくという、そういうワーキングスタイルである。給料が安いだけに重責も与えられず、アルバイト本人もそれだけの重責を担う気概も持たない。単純に言えば、他人と取り替えがきいてしまうのである。取り替えがきいてしまう人間にわざわざ高給を払うバカはない。そういう悪循環的制度なのである。 わざわざフリーターを自分の職業として選んでいるということは、自分の未来をわざわざ時給800円におとしめていることに他ならない。自分は他人と取り換えのきく人間であると公言してことになる。 企業活動は利益を最大化させて再投資していくのが目的である。アルバイトの時給が800円だろうと850円だろうと本質的問題ではない。唯一最大の問題はアルバイトであろうと社員であろうと、あるスタッフに投じた金額以上の見返りが返ってくるかこないか、それだけだ。極端にいえば時給が100万円のアルバイトがいてもいいのである。そのアルバイトがそれ以上の見返りをもたらしてくれればいいのである。そう考えれば、政治家とつながりのある人間がコネで入社できたりする理由も分かるとおもう。問題が生じたときに「ちょっとセンセイに話があって」と持ちかけられる、そのコネに大きな企業的値打ちがあるからだ。コネに理あり、である。 昇級を目指すなら自分にかかるコストと、自分の与えられるリターン、それだけを考えればいい。自分が給料以上のパフォーマンスを残せるという見込みを表現できればいいのである。この場合のパフォーマンスは直接的に売り上げの上昇など金額面だけにとどまらない。どれだけ「自動的に学んで」前に進んで行ける人間であるか。企業が危機的な状況に陥ったときにどれだけ場をなごませることができるか。スタッフの士気をどれだけ高めることができるか。なんでもいいのである。 じつはアルバイトと社員の間を隔てている壁は福利厚生の差でも実質的な能力の差でもなんでもない。自分の能力にしたがって給料をもらうという「覚悟」だと思う。前述のように基本的に時給なんていくらでもいいんである。アルバイトっていうのはいくら能力が飛躍的に上がっても低い限界値がもうけられているが、覚悟さえしてくれれば高給が払えるから、企業側もラクなのだ。 アルバイトは、早く働けど働けどなお我が暮らし……的「時間の切り売り」型のワーキングスタイルからできるだけ早く脱することができるようにパフォーマンスの基礎となるスキルを向上させ、一方で覚悟を磨いてほしいとおもう。忙しいふりをしているだけの社員よりは考える時間も学ぶ時間もあるはずだ。 ──というような話を店長とするが、じっさいには一部のアルバイトの給料が上がるとやっかむ人がでそうだ、とか、説明するときに困る、とかそういう本質的でない部分にまどわされることになる。 基本的に自分の給料と他人の給料を比べるという、そういう考え方自体が私になじまない。私がこれまでアルバイトをしてきた中で念頭においていたのは、「常に社長の気分で仕事をする」ということである。自分がどれだけのものをこの会社に与えるられるか。 だいいち他人の給料を云々したところで自分の能力は上がるわけではない(あたりまえだ)。会社の利益に貢献するわけでもない(あたりまえだ)。だいいち、他人の給料をことさらに言挙げする人は、他のアルバイトと自分の能力をどうやって比較したのか。コンピュータの演算能力なら簡単に測れるが、人間の能力なんて置かれた状況によっていくらでも変わってしまうのである。 内田樹のいう「平八的な能力」はいったいいくらなのか。 それをきっちり比較・査定して、たった数十円ステップの時給に厳密反映させるというそんな曲芸じみた調整が本当に可能だと思っているのであろうか。 それこそ企業的に見合わないのである。 さきほど給料以上のパフォーマンスを残せるなら、給料などいくら出してもいい、と言ったが、そのパフォーマンスというのも「だいたい、大枠で」の話である。まあ、あんたはそういう能力はありそうだよね、と納得できればそれだけの給料は払うという意味だ。パレートの法則によって、そうして働く10人のうち2人が有能であれば、企業は成り立つ。だが、たった数十円の時給の違いを面接で判別することなど、人間にはできないのである。無理にやろうとすると、えてして「能力給方式」→「売り上げ連動方式」というゼニ臭い道に足を突っ込むことになる。 時給数十円の違いなど会社にとって大きな意味を持たないし、そんな数十円刻みの細かい査定をすることなど不可能なのだ。会社はできるだけの労力を割いてアルバイトが気持ちよく働けるように努力をしているはずであるし、逆にいえば「できるだけの努力」しかしていないはずである。「ウチの給与体系はそれでもおかしい」というなら、そんな阿呆な会社で働くのはやめればいいだけのことだ。 別の場所で同じような給料を払う企業はあるだろうし、アルバイトでいるかぎり、企業にとってもあなたは取り換えのきく存在でしかないのである。
土曜日の甲南合気会のほかに、水曜日にも芦屋合気会のお稽古にも参加することにした。これで週2回合気道の稽古ができることになる。週に1回しかないと、稽古自体がお休みだったりやむをえず参加できなかったりしたばあいに2週間もの時間が空いてしまう。すると体がこれまで33年間連日培ってきた普通の動きと感覚に戻ってしまうのである。 できるだけ詰めて稽古し、はやくもっとおもしろく合気道をやりたい。無敵の境地に達したい。杖術も抜刀術もやりたい。ノロノロしている暇はない。 今年は夏にアラスカに3週間くらい行くつもりでいたが、これも断念した。 冒険とは何かというと、これまで誰もやらなかったことを命がけでやることである。私はもともと堀江謙一とか今西錦司とか白瀬矗とかロアール・アムンゼンとか本多勝一とかアーネスト・シャクルトン(注)とかにおおいに影響されて冒険家か探検家になりたかったのだけれど、地理的冒険のために残された場所はもう地上にない。 手癖みたいなもので今もアウトドアが好きで、なかでも長期にわたるミニマリスティックでサバイバルなツーリングがいちばん性に合うなのだけれど、これは単なる趣味だ。べつに冒険でもなんでもない。過去のアラスカや南米の長距離単独カヌーツーリングの話などをすると「冒険家やねー」と言われるが、そんなもの断じて冒険ではない。尊敬する大先達にたいして失礼というものだ。 その手癖のために今年はひさしぶりにアラスカに行こうかと思ったのだけれど、それより今日的な意義があるのが、合気道だと思った。 そとに向かう地理的冒険よりも、内へ向かう合気道のほうが今日の人類的大冒険だと思う。人間の体のことというのは怖いくらい分かっていないからだ。 鍼灸師のナガオカ君が、先週末、東京であった池上六朗先生の三軸修正法の講習会に参加してきた。ナガオカ君はその夜に興奮して電話してきたのだが「今夜はあまりに興奮してますので」というので次の夜にとっくり話し込む。 ナガオカ君の話を私のつたない脳みそが理解したところによると、人体はひじょうに小さな外界からの入力に影響されて修正をしながら成り立っていて、その敏感さというのはたとえば私とナガオカ君が話しているところに誰か第3者が近づいてくるだけで変わってしまうものらしい。極端には、医者に治ると念じられただけで体が微調整を行ってしまう。 こういうことを書くと「おい最近岡本はヤバくなってきたぞ」と思われるかもしれないが、たんに事実なのだ。そういう講習会だったそうだ。怪しい宗教と違うのは、教祖たるべき池上先生自身が 「なんでそういうことが起きるのかは分かりません。誰か研究してください」 とおっしゃるところである。こういう方は信用できるのだ。 たしかに人間の体は想像をはるかに越えて敏感なもののようだ。私が合気道に入門したのは今年の2月であるが、以来、クルマを運転したときに必ずもよおしていた左首筋の原因不明の鋭い痛みが消えうせた。なぜかはもちろん分からないけれど、体というのはものすごいスピードで「別物」になっているのは確かなのだ。 この春、盛岡市でピラティス(西洋式ヨガ、もしくはリハビリ体操みたいなの)をコーチしている大学時代の後輩の女性に会った。この伊藤美奈子ちゃん(言っちゃった)によると、人体に入った水は30秒で体細胞に浸透しはじめ、排出されるのは2カ月後だとか。酔眼トークだったので数字はうろおぼえですが、とにかく体が摂取したものはすごいスピードで体に取り込まれるらしい。 『生物と無生物のあいだ』(福岡伸一著、講談社現代新書)を読むと、体の構成物のうち特に安定していそうな脂肪(ダイエットは苦労しますからね)ですら、中の原子はどんどん入れ替わる。シェーンハイマーが行った歴史的に有名な実験では、成熟したネズミに標識したアミノ酸を3日間投与すると、その56.6%が体内にとどまったそうだ。しかも標識した原子は体中いたるところで見つかる。 「脂肪細胞は驚くべき速さで、その中身を入れ替えながら、見かけ上、ためている風をよそおっているのだ。すべての原子は生命体の中を流れ、通り抜けているのである。 よく私たちはしばしば知人と久闊を叙するとき、『お変わりありませんね』などと挨拶を交わすが、半年、あるいは一年ほど会わずにいれば、分子のレベルでは我々はすっかり入れ替わっていて、お変わりありまくりなのである。かつてあなたの一部であった原子や分子はもうすでにあなたの内部には存在しない。」 とすると、合気道を始めて3カ月を経た私の体は、2月時点での構成分子を小便や雲古や汗や吐息としてじゃんじゃん捨て去り、かわりにその相当部分を2月以降に食べたカニや春キャベツや山菜の原子で置き換えたことになる。私はすでに半ば別人のネオ・アツシであるということである。 そう考えると、首筋の痛みがなくなるくらいのことが起きるのも不思議はないように思う。 そんな物流スピードがこの体を成り立たせて毎日変化させているのだと思うと、本日の合気道のお稽古にも身が入ろうというものなのである。 (注)このアーネスト・シャクルトン卿の実話とは思えないような極地探検をつづった『エンデュアランス号漂流』(アルフレッド・ランシング著、新潮文庫)は私のオールタイム・ベスト・ワンなので黙って買って読んでください。もしこの本がおもしろくなかったら死んでもいいです。
本日は合気道の稽古はお休みである。雨の中のんびりと読書などで過ごす。 ゴールデンウィークは南紀と飛騨を訪ね、渓流に入って昨年始めたフライフィッシングに挑戦した。結果は惨敗。 南紀では外道のカワムツばかり釣れ、飛騨ではアタリすらなかった。南紀の釣りでは標高が1000メートル以下の川だったので、川の上流部までカワムツがアマゴと混棲しているらしく、フライに飛びついてくるのは無邪気なカワムツだけだった。天気が悪かったこともあってか水性昆虫も飛ばず、アマゴが虫を食うライズもない。 外道がいない川を求めて飛騨まで行ったが、こんどは水生昆虫は飛んでいてライズはあるものの、フライは見事に無視されてしまった。 フライフィッシングというのはほんとにほんとにめんどくさい。長いフライラインを振り回すのですぐに薮や木の枝に絡む。ルアー釣りとちがってリールはたんなる糸巻きなので、魚がかかったり(かからなかったが)場所を移動したりするときにはラインを直接手でたぐりよせる。すべての操作がモタつく。 魚は釣れぬわトラブルばかりに見舞われるわフライは失うわでぐったり疲れるところだったが、収穫は渓流釣りにイヌのクロをつれていけるということが分かったことだ。岸で待っていろと言うと、静かに待っている。人間が両手を使ってロッククライミングのようにしないと遡れない岩場でも、なんとか自分で工夫して山側を高巻きしたり泳いだりして付いてくる(一度岩から転落して横腹をしたたか打ち付けていたが)。自分の置かれた状況を把握する能力が非常に高いのである。 投宿先にもどり、ふだんほとんど見ないテレビを見ているとNHKスペシャルで「Judoに学べ」という番組をやっていた。北京オリンピックの男子柔道100キロ超級の代表に選ばれた石井慧選手の柔道についてである。 井上康生選手はあくまで「一本」をとる柔道を貫き、代表の座を得られずに敗退。引退した。ヨーロッパ式の「効果1つ、反則1つの差でもいいから優勢勝ちを収める」スタイルの勝つ柔道を体現して代表の座を占めたのが石井選手である。 番組でヨーロッパ式の柔道の破天荒な技を見てほんとうに驚いた。どんなに不細工な格好でもいいから、とにかく相手を転がし、レスリングまがいの力技で細かいポイントを取りにくる。そして日本人選手に勝つため、いかに組まないかに重点を置く。 おもしろくないことになったものだ。 私は高校時代に柔道の授業があり、細身の体形がわざわいしてかどうもうまく勝てず、悔しい思いをした。しかし本来柔道は「柔よく剛を制す」であるから、私のような者でも修業を重ねれば必ず剛の者に勝てるようになる。そう考え、大学では体育会系柔道部に入って猛稽古に励んだのである。 折よく、いや折悪しくかもしれないが、当時の大阪外大には段位が三段でヒグマのようなフジタ先輩や、こちらも三段ですさまじい切れ味の内股を殺し技にしていたミヤタさん、体重120キロで丸太のような足で大外刈りをかます初段のイシイさん、さらには段位取得がめんどうだからというんでまだ初段だがどうみても三段の鉄筋ビルみたいな体をしたキウチさん、そしてほかにも背負い投げを得意とするゴムまりみたいなタカハシ先輩や初段の同輩が複数いた。こういう面々が、段位五段でセミの生食いを隠し技とするオブチ先生に教えを乞いながら日々稽古の励んでいたのである。 こうして、女子学生が7─8割を占めるため万年部員不足にあえぐ外大体育会系の男子部としては奇跡的な強さを誇った。 近畿地区の大学対抗戦になると近大や天理大などの超強豪と戦うはめになることがあるのだが、5人による団体戦でたった1人差で負けたことがあったと記憶する。学生がほとんど女の子ばかりの外大が、である。体育教師を目指す学生が多く国立大学の中では例年強豪に名を連ねる大阪教育大学や学生数で圧倒的にまさる阪大などを相手にとって簡単に勝ってしまうほどの強さだったのである。 そんな時代の大阪外大柔道部に入ってしまった体重52キロ身長176センチの吹けば飛ぶような体躯のバドミントンプレーヤーだった私は、連日の稽古+筋力トレーニングと食事療法による筋肉量の増加に励み、イシイ先輩の100キロ超級の押さえ込みに見舞われて女まさりの乳房の下でもだえつつ日々を過ごした。学食で食事の後は牛乳をかならず1リットル飲み(飲まされ)、食いすぎで体を文字通り1ミリも動かすことができなくなって学食のイスでのけぞったまま授業を欠席したこともあった。 しかし、元来のヤセ型でなかなか増えていかない体重がようやく59キロになった冬、私は柔道部を去った。「柔よく剛を制す」のことわりがここで見つかる見込みがまったくなかったからである。 バドミントンではインターハイ経験者だった私は、バドミントン部に三顧の礼を持って迎えられ、こちらではやっぱり重宝されてそれなりの活躍したのであった。が、しかし柔道でけっきょく不成功だったという経験はしこりを残したのである。 その後も弁証法的武道理論などを個人的に勉強していていると辛辣な批判者の中には「近代柔道はゴリラのダンスである」という断言もあったりするのを知り、激しく共感することになった。武道の中では合気道がもっとも武道の正統に近いというのをその時に学ぶことになる。 かくして、十余年の歳月をかけてたどりついたのが2月に入門した多田塾甲南合気会であったというわけだ。 柔道はこれからどうなっていくのであろうか。たいしておもしろそうな未来は開けてこないような気がする。体重制を廃し、ポイント制を廃して一本勝ちのみを争うなどの根本的な変化がないと、たんなるわずかな優劣をポイント化するだけのスポーツ化がさらに進むだけで、観戦していてもおもしろくもなんともない柔道になっていくだろう。 北京での石井選手の戦いは、勝っても負けてもそれほどの感興を人々の胸に呼び起こさないのではなかろうか。
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