アルバイトというお仕事 

 24日は雑貨屋仕事で神戸へ。アルバイトの時給について神戸店長と話し合う。

 「人事は面倒」とはよく聞くが、ほんとうは面倒でもない。

 アルバイトというのは、つまるところ単純労働に就き、労賃はごく安い時間給でいただくという、そういうワーキングスタイルである。給料が安いだけに重責も与えられず、アルバイト本人もそれだけの重責を担う気概も持たない。単純に言えば、他人と取り替えがきいてしまうのである。取り替えがきいてしまう人間にわざわざ高給を払うバカはない。そういう悪循環的制度なのである。

 わざわざフリーターを自分の職業として選んでいるということは、自分の未来をわざわざ時給800円におとしめていることに他ならない。自分は他人と取り換えのきく人間であると公言してことになる。

 企業活動は利益を最大化させて再投資していくのが目的である。アルバイトの時給が800円だろうと850円だろうと本質的問題ではない。唯一最大の問題はアルバイトであろうと社員であろうと、あるスタッフに投じた金額以上の見返りが返ってくるかこないか、それだけだ。極端にいえば時給が100万円のアルバイトがいてもいいのである。そのアルバイトがそれ以上の見返りをもたらしてくれればいいのである。そう考えれば、政治家とつながりのある人間がコネで入社できたりする理由も分かるとおもう。問題が生じたときに「ちょっとセンセイに話があって」と持ちかけられる、そのコネに大きな企業的値打ちがあるからだ。コネに理あり、である。

 昇級を目指すなら自分にかかるコストと、自分の与えられるリターン、それだけを考えればいい。自分が給料以上のパフォーマンスを残せるという見込みを表現できればいいのである。この場合のパフォーマンスは直接的に売り上げの上昇など金額面だけにとどまらない。どれだけ「自動的に学んで」前に進んで行ける人間であるか。企業が危機的な状況に陥ったときにどれだけ場をなごませることができるか。スタッフの士気をどれだけ高めることができるか。なんでもいいのである。

 じつはアルバイトと社員の間を隔てている壁は福利厚生の差でも実質的な能力の差でもなんでもない。自分の能力にしたがって給料をもらうという「覚悟」だと思う。前述のように基本的に時給なんていくらでもいいんである。アルバイトっていうのはいくら能力が飛躍的に上がっても低い限界値がもうけられているが、覚悟さえしてくれれば高給が払えるから、企業側もラクなのだ。

 アルバイトは、早く働けど働けどなお我が暮らし……的「時間の切り売り」型のワーキングスタイルからできるだけ早く脱することができるようにパフォーマンスの基礎となるスキルを向上させ、一方で覚悟を磨いてほしいとおもう。忙しいふりをしているだけの社員よりは考える時間も学ぶ時間もあるはずだ。

 ──というような話を店長とするが、じっさいには一部のアルバイトの給料が上がるとやっかむ人がでそうだ、とか、説明するときに困る、とかそういう本質的でない部分にまどわされることになる。

 基本的に自分の給料と他人の給料を比べるという、そういう考え方自体が私になじまない。私がこれまでアルバイトをしてきた中で念頭においていたのは、「常に社長の気分で仕事をする」ということである。自分がどれだけのものをこの会社に与えるられるか。

 だいいち他人の給料を云々したところで自分の能力は上がるわけではない(あたりまえだ)。会社の利益に貢献するわけでもない(あたりまえだ)。だいいち、他人の給料をことさらに言挙げする人は、他のアルバイトと自分の能力をどうやって比較したのか。コンピュータの演算能力なら簡単に測れるが、人間の能力なんて置かれた状況によっていくらでも変わってしまうのである。内田樹のいう「平八的な能力」はいったいいくらなのか。

 それをきっちり比較・査定して、たった数十円ステップの時給に厳密反映させるというそんな曲芸じみた調整が本当に可能だと思っているのであろうか。

 それこそ企業的に見合わないのである。

 さきほど給料以上のパフォーマンスを残せるなら、給料などいくら出してもいい、と言ったが、そのパフォーマンスというのも「だいたい、大枠で」の話である。まあ、あんたはそういう能力はありそうだよね、と納得できればそれだけの給料は払うという意味だ。パレートの法則によって、そうして働く10人のうち2人が有能であれば、企業は成り立つ。だが、たった数十円の時給の違いを面接で判別することなど、人間にはできないのである。無理にやろうとすると、えてして「能力給方式」→「売り上げ連動方式」というゼニ臭い道に足を突っ込むことになる。

 時給数十円の違いなど会社にとって大きな意味を持たないし、そんな数十円刻みの細かい査定をすることなど不可能なのだ。会社はできるだけの労力を割いてアルバイトが気持ちよく働けるように努力をしているはずであるし、逆にいえば「できるだけの努力」しかしていないはずである。「ウチの給与体系はそれでもおかしい」というなら、そんな阿呆な会社で働くのはやめればいいだけのことだ。

 別の場所で同じような給料を払う企業はあるだろうし、アルバイトでいるかぎり、企業にとってもあなたは取り換えのきく存在でしかないのである。




[2008/05/26 02:52] よもやまコメント | TB(0) | CM(0)