クマゼミの研究 

 庭のケヤキの大木でクマゼミの羽化が盛んだったのが今週。しかし、7月21日、22日あたりが最盛期だったようで、今夜はすでに少なくなっている。ちょうど大暑のころ(ことしは22日)がピークになるのだろうか。

 22日は日暮れ直後の1900時ごろにはまさに「ゾロゾロ」というかんじでクマゼミの幼虫が地面からはい出していっせいに羽化場所を探して木に上っていた。一本の木に10匹くらい幼虫が取りついて歩いているというような状態である。しかも次から次にどんどん登ってくる。足下の草むらもあちこちでガサガサゴソゴソという幼虫の歩く音が聞こえている。(1匹踏んで殺してしまいました。ごめんな……合掌)

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(写真説明:庭先の発泡スチロールで羽化中)

 この夜、セミの幼虫にいたずらしてみた。地面に開いている穴のうち、大きなものはすでに幼虫が旅立っていった穴だが、小さなものを見つけたらのぞいてみると今夜羽化するつもりの幼虫が顔を出しているのが見える。2匹について、この穴に大きな平べったい石を乗せてフタをしてみた。大きさはそれぞれ20センチ四方くらいである。

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(写真説明:この後、穴の上に大きな石の重しをしてみたわけである)

 ストロボをたいて写真を撮ったり棒切れでつついたりしたうえに石を乗せてイジワルをすれば、さすがに警戒して羽化を翌日に延期するであろう。その夜は実家に行く用があってずっとセミの観察をしているわけにはいかなかったので、通せんぼをして翌日ゆっくり観察しようとたくらんだわけだ。

 ところが、ちょっとやそっとの障害は羽化する意思を固めたセミの幼虫には通用しないらしい。翌日見てみると、幼虫は石の下を掘り進んで脱出していた。ここのところまったく雨が降らないので土はカチカチに固まっているのだが、セミの幼虫の掘削能力は相当強力である。

 22日は目に見えているだけで33匹が羽化していたので、目に見えない葉の陰で羽化しているものを合わせると50、ひょっとすると100に近い数が旅立っていったのかもしれない。

 それだけいるとアリに襲われたり脱皮に失敗したりする不幸なのも毎日1、2匹は見つかる。傷などほとんどついていないように見えるのに、アリに数ヶ所を咬まれただけで羽化が止まってしまっている個体。バランスを崩して地面に落ちた個体。さまざまである。

 共通しているのは、朝になったら羽化に失敗した幼虫たちはすべて消えてなくなっているということだ。朝早くカラスやムクドリを見るので、手早く掃除してしまうのかもしれない。

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(写真説明:こちらは珍しい羽化失敗例。アリに襲われて転落しそうになったところ足場の抜け殻に引っかかってクリフハンガー状態に)

 子どものころからセミの羽化を見るのは好きだったが、こんなに数日間に殺到して起きるものだとは思っていなかった。そしてセミの「羽化断固当日決行バリケード封鎖反対要求貫徹」の意思が固いのは偶然の実験によって分かった。

 もうひとつ驚いたのが、セミの幼虫がこんなにたくさんウロウロしているのに、捕食者がほとんどいないことだ。暗くなる時間なので鳥はねぐらに帰ってしまっているし、アリくらいしか邪魔するものはいない。セミの幼虫はかなりボリュームがあるし、食べるとジューシーでうまそうでもある(ウィキペディアの「セミ」項目によると、中国の河南省ではセミの幼虫を食べるらしい)。しかも羽化中は非常に無防備。なのに、あまり敵がいなさそうである。里山ではタヌキなんかに相当食われているのかもしれない。

 セミは夏の間中鳴いているような印象があるので幼虫も三々五々羽化するのかとおもっていたが、違うんだな。イワシやアジの大群移動、インド洋クリスマス島のアカガニの産卵みたいに、セミもやっぱり一気に大勢で羽化するのである。

 一斉行動戦略をなぜ取るのか。みんなで一気に集中して羽化しちゃえば、おそらく天敵どもが餌の対象にしにくいのではないか。夏の間じゅう羽化していると、まぬけなタヌキ、ドジなアナグマも、「お、セミの季節だね」と毎晩楽しみに夕方を待ちはじめるだろうし、夏の間セミの幼虫をメーンの栄養源供給源とする「セミクイユウガタバチ」みたいな動物が進化する可能性だってあった。しかし、一気にドッとやられると、餌として活用しにくいのである。

 さらにもうひとつ気付いた。

 一斉に羽化して夏のけっこうな期間鳴きつづけているということはである。セミ成虫の寿命は1週間とかよく言われるけれど、じっさいにはもっと長生きなんじゃなかろうか。クマゼミが7月の末のこの時期に羽化のピークを迎えるんなら、8月上旬にはぜんぶ死んでしまっているはずだ。実際にはもっと長い期間うるさく鳴いている。

 と思っていたら、ウィキペディアの「セミ」の項をよく読んでいたら、「野外では1か月ほどとも言われている」と書かれているじゃないか。やっぱりそうだろセミ。

「7年もの長い地下生活に耐えたのに、成虫になると1週間の命しかないのです(涙)」

──なんてなんてウソを流布したのは誰だ!?たぶん、長距離の遡上の後に産卵して死んでしまうサケやウミガメの涙とおなじく動物のドラマ化の典型例なんだろうと思う。実際には産卵しても死なないイワナみたいなのもいるし、ウミガメの涙はたんなる塩分排出なのに、それじゃあおもしろくないんだな。そして、そっちのほうがやっぱり人間てのは強く印象に残ってしまう。困ったもんだ。

 だいたい地下生活もそれなりに安楽でおもしろいかもしれないじゃないか。そう思うと、セミってなんか老後生活の後に青春が来るみたいな生活史ですねえ。って、これも擬人化ですが。



[2008/07/25 02:15] フィールドニュース | TB(0) | CM(1)

『動物の足跡学入門』熊谷さとし 

動物の足跡学入門 熊谷さんから新著『動物の足跡学入門』(技術評論社、1580円)が送られてきた。この本で165冊目だそうだ。すごいね……。

「まーた足跡の本か、と言わないよーに。本人がいちばん分かってんだから!」

とコメント&サイン入り(熊谷さんはニホンカワウソ研究会きっての足跡フェチでもある)。最新のフィールドワークと取材の結果を盛り込んであって読みごたえ抜群。写真提供者の欄に私の名前が入っていないのはもちろん許しますよ、熊谷さん。(ちなみに166ページ左ね)

 「足跡学」とあるが、足跡だけについて書かれているのではなく、身近なところからスタートして動物学全般に言及してある。「分かる分かる」という部分の中に、「えっ、そうだったんか!」という驚きがいつも盛り込まれているから熊谷さんの本はおもしろいのである。

 入稿してから思い直して書き改めたというクマの項は熊谷さんのブログと合わせて読むとスリルがある。ときどき話が韓流ドラマにまでぶっ飛ぶときがありますが、気にしないように。

 ツキノワグマの異常出没の原因については210─211ページに以下のようにある。(1─3は略)。


4 里山が荒れてしまったから。

 昔はクマの住んでいるエリアと人間が住んでいるエリアとの緩衝地帯であった里山が、今は無くなってしまったことに、原因があるのではないかということだ。
 クマが、山の中を徘徊しながら里山との境界に来たとき、昔なら畑には人間が働いていたし、子どもの声も聞こえたろう。そこでクマは「おっと、いけねえ……人間のエリアだ」と、山の中へ引き返すことができた。
 今は里山の木々や畑はほったらかしで境界線がわからなくなってしまっているし、里山を宅地開発して山際まで住宅が建っている。
 どうせ柿をもいでも誰も食べなくなったし、干し柿を喜ぶ人もいない。過疎と高齢化で柿をもぐという労働力もないから、実ってもほったらかしだ。
 そんな柿の実がたわわに実っていたら……クマは当然のように食べるだろう。「里山が荒れている」というのは、物理的な問題よりも人間のライフスタイルの変化が原因なのだ。



 養老孟司氏は「クマが里に来るようになったのは、イヌをつないで飼うようになったから」と断言していた。これもヒトのライフスタイルの変化の典型だろう。

 一昨年、私は静岡市の郊外にある山中のシイタケ農園を訪問した。収穫期のシイタケが軒並みサルにやられて大変だというので、害獣撃退機を開発できないか調査に行ったのである。サルはシイタケの石突きの部分だけを食べていくのでよけい憎らしいのだが、それはさておき。爆竹が定時に点火する装置を作成している在野の発明家といっしょに訪問したのだが、取材している間じゅう、どうしても「イヌを放し飼いにすればそれですむんじゃないのか?」という疑問がぬぐえなかった。

 咬傷被害や野犬化がネックなのだろうか。ならば「シバイヌ等小型犬のみ」などのしばりを作ればいいのではなかろうか。これまでの努力で狂犬病も撲滅した日本なのだ。たまに小型犬に人が咬まれるくらいの事件ともいえないような事件と何百万円もの農作物被害を天秤にかけて、それでも「田舎のじいさんばあさんのシイタケより、咬傷被害のほうが重大」と言い切れるか。野にオオカミを放て、という真面目な議論すらあるんだから。

 静岡市のはずれにあるこの農園はじつに険しい谷間にあり、見ただけで先祖代々の苦労がしのばれ涙の出そうな美しい段々畑だった。静岡ならでは、茶が植えられている。シイタケのほだ木は同じく急な斜面にあるスギ林の中に並べてあった。後継ぎもないまま山中の余生をすごしている老夫婦の数少ない楽しみであろう作物の収穫。一夜にしてほだ木が丸裸にされてシイタケのカサが派手にうち捨てられている光景はあまりにむごい。

 熊谷さんの本からやや話がそれた。

 ほ乳類の観察というのはあてもなく自分で出かけるのはたいへんだし、鳥や昆虫などに比べて開かれている観察会も少ないので参加する機会も少ない(熊谷さんは観察会もやってますよ)。

 しかし、ちょっと気をつけていると加古川市でも私の子どものころは見たことのなかったキツネをしょっちゅう見るようになったりと変化がある。道端に倒れているタヌキの死体も使い道があるのだ。(ちなみに轢死体が増えるのは秋です。原因は熊谷本138ページを参照)。

 哺乳動物について疑問を感じたら熊谷本で入門してください。165冊もあるけどね。




[2008/07/22 00:00] よもやまコメント | TB(0) | CM(2)

きょうの虫 

th_IMG_1665.jpg きょうの収穫はオオヒラタシデムシ(Eusilpha japonica Motschulsky)。タトウで標本を作製しました。

 もうひとつの収穫はアブラゼミ(Graptopsaltria nigrofuscata Motscuhlsky)の羽化。車が行き交う道路の縁石で羽化していました。毎晩たくさんのセミの羽化を見ます。いよいよ夏本番。
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[2008/07/21 02:03] フィールドニュース | TB(0) | CM(0)

クマゼミの羽化 

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 夜10時ごろ通り雨。庭の材木を片づけていたら羽化の最中のクマゼミが手に当たって地面に落ちた。

 変態中の昆虫はとても繊細なのでちゃんと羽化できるか心配したが、網戸にとまらせておくと見る間に羽根が伸びて(ほんとうに目で追えるくらい早い)ちゃんとクマゼミになった。ホッ。

 ひさしぶりに見る羽化途中のセミはほんとうに美しかった。オスである。明朝には元気に飛び立ち、今度は大声でこちらを悩ませてくれるだろう。

 これが鳴きだしたら夏も本番。




[2008/07/19 03:06] フィールドニュース | TB(0) | CM(0)

大人になって始める昆虫採集 

 昆虫採集を再開した。

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(写真説明:自宅周りの普通種ばかりだが、それでも昆虫は非常に多様性が高い)

 再開といっても、子どものころに異様に好きな遊びだったのを、20年ぶりくらいに真剣にやりだしたというわけである。

 きっかけは昆虫標本のあまりの美しさに電撃的啓示を受けたからだ。「これは俺がやるべきことだ」と。

 考えてみれば、これまで昆虫採集を趣味にしていないのが不思議であった。

 毎年のように韓国にまでカワウソ調査に行って酷寒の川で張り込み、糞や足跡などのフィールドサインを集め、日本ではアマゴやイワナを求めて渓流に分け入り、ついにはフライフィッシングにまで手を出すようになった(しかし釣れず)。自然誌的探求生活が年齢とともにさらに深まっているにもかかわらず、いつも身近にいる昆虫だけは本格的に手を出していなかったのである。

 日本には昆虫にかんする商業誌がある。そんな雑誌があるのは「世界で日本だけ」らしい。養老孟司氏が言うんだからほんとうだろう。その名も『月刊むし』という。発行している会社名はその名も「むし社」というのだ。

 この『月刊むし』を購読しはじめて、雑誌の広告ページにある「むし社」の販売部や昆虫採集用具店の宣伝が気になってしかたなくなり、先月上京したさいに訪ねてみた。むし社はJR中野駅のすぐ前にある。なんということもないマンションである。

 海外の珍しい甲虫を中心に生き虫を膨大に売っているのは最近ペットショップでよく見る光景だが、むし社の違うのは採集道具や昆虫標本がたくさん置いてあるところである。見事なまでに美しく展翅・展脚された標本が、ドイツ製の標本箱の中にズラッとならんでいる。なかでもいちばん感動したのは小さな甲虫たちだった。小さな体に秘められた存在感。

「美しい……」

──ここで電撃に打たれてしまったたわけである。

 これまでもあちこち旅行をした折や生活をする中で昆虫を捕らえてはいた。去年はバイクをかっ飛ばしている最中にキラリと光るものを視界の端に認めて急ブレーキ停車、車道で拾ったのがタマムシだったので狂喜したし、どこで捕まえたか忘れた(たぶん奈良公園)ダイコクコガネもビンの中で干からびたまま持っている。ダイコクコガネは小さな甲虫なのに、頭を横から見るとかなり攻撃的な角度の尖った角を持っていて格好がいい。ハンミョウもどこでどうして捕まえたか忘れたが、ビンの中で干からびたまま赤と青色に羽根を光らせている。

 そういう昆虫たちをきちんと標本にすれば、あの標本箱のように美しい世界ができあがるのだ。

 あわてて(あわてなくてもいいのだが)、捕虫網と折り畳み式の網枠、昆虫針をスタンダードな0号から3号まで買い求めた。それぞれの使い方を店員のお兄ちゃんに聞く。とっつきにくそうなお兄ちゃんに見えたが、ムシの話になるとニコニコである。正しいムシ屋の態度である。羽根が異様に堅いゾウムシなどは、昆虫針をピンセットの根元に挟んで刺すといいらしい。なるほどなあ。むし社を出たその足で渋谷の「志賀昆虫普及社」(通称シガコン)に向かう。ここではピンセット各種とそしてこれがだいじな殺虫管を購入。酢酸エチルという薬品を入れて昆虫を殺すために使う。昆虫採集の普及に尽力したシガコンの設立者・志賀夘助氏の『日本一の昆虫屋』(文春文庫PLUS)も購入。

 自宅近くに日岡山があり加古川本流がある。庭もやたらに広いので、夏にはけっこういろんな虫が灯火に集まってくる。毎日見つけたムシを拾うというテキトーな採集をしているだけでも、標本にするという作業を加えるだけで面白い。自宅周辺でとれる昆虫をとりあえず可能なかぎり集めてみよう。

 思えばカワウソの調査とフライフィッシングとは似たような悩みがある。どちらも完全に土着のネイティブの動物を相手にできないということだ。土着というのは育ちだけでなく、遺伝的にも、である。

 カワウソはもちろんネイティブどころの話ではなく、日本ではすでに観察がめちゃくちゃに難しい。現実的でないくらい難しいのである。これまでニホンカワウソ研究会の仲間が四国の西南地方や九州などの生息の可能性の高いところで調査を繰り返してきたが、ニホンカワウソの生息している痕跡は見つかっていない。野生カワウソの観察をするためには、生態も近いと思われ、生息数も多い韓国まで足を伸ばさざるを得ない。

 渓流魚はどうか。土地で育った土着の魚がいるではないかと言われそうだが、現在渓流に生息しているアマゴやヤマメ、イワナはほとんどが放流である。もともとはその川に固有のアマゴがいたはずだが、放流事業がいきとどいてしまったがゆえに遺伝的にはめちゃくちゃになっているはずだ。

 天然のアマゴを釣るとあまりの美しさにため息が出るが、しばし後にこの山紫水明の滴のような魚にも人為的な遺伝子の撹乱が及んでいることを思って興が冷めるのも確かなのだ。

 アユなんてさらにひどいし、クサガメだって中国南部産のものがゼニガメとして売られているらしく純日本産のものが減るのを危惧する声がある。最近話題になったのは飼う人が多くなったメダカだ。飼っていたメダカが増えたからといって放流すると、各地の自然に適応している個体群が万年単位の時間をかけて身に付けてきた特徴を乱すことになる。

 もっとも、コイなど人間の生活に古くから関わってきた魚は大昔から移植されているために純系もへったくれもなくなっている(日本の川をカヌーで下るとイロゴイの多さに驚く)のだから、日本のような人間の関わりの強い土地でそれほど「折り紙付きのネイティブ」を求めるのはおかしいかもしれない。そんならアラスカにでも行けと。

 ところが、昆虫なら完璧なネイティブに自宅の庭で出会えるのである。土地土地の微気象にまで適応して生きているから、自然の見方がより繊細になる。なにせ地上でいちばん繁栄している動物だ。

 合気道というツールによって人間の体の見方が細やかになるように、昆虫を介して見ることで自然の見方が細やかになるのではないだろうか。


追記:「カワウソは……日本ではすでに絶滅(個人的に確定するが間違いない)している。」のオリジナル版のくだりを、熊谷さとしさんの指摘を受け訂正しました。ご教示ありがとうございました。(2008/07/22)
[2008/07/18 23:53] よもやまコメント | TB(0) | CM(0)

山形へサクランボに会いに 

 えらく間が空いてしまって失礼しました。

 6月末は2日間山形盆地を訪れた。

 山形県村山市である。雑貨店EINSHOPの取材&商談旅行である。

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 昨年山形市出身のサイトー君の結婚式に出席したおり、サクランボ農家の親戚と知遇を得た。直感的に「サクランボはEINSHOPで売れる!」と思い、「サクランボの季節になったらお邪魔します」とその場で自分のカレンダーに訪問予定を書き込んだのである。

 「サクランボドロボウ」の横行によって特に名前が知られるようになった山形のサクランボ、最高の品種とされるのは「佐藤錦」である。栽培にあきれるくらい手間がかかり、「赤い宝石」などというニックネームがついて超高級品扱いを受けている。桐箱にきれいに並べられた1キログラム入りのものは2万円を超える値段が平気で付いている。

「みんな欲しいのに、手が出ない」

 そこに道をつけるのが我が血筋たる商売人である。道をつけるのに成功すれば大きな動きになる。

 箱にそのまま放り込んだ「バラ詰め」でもネットで1キロ5000円前後するので、とてもじゃないが一般家庭で気軽に楽しめる果物ではない。消費の大部分を贈答用が占めてしまう。この現状は単価を上げるためには有効に作用すれど、サクランボがいかに美味であるかが広く一般に認知され消費の底上げをはかるためには果樹農家としては喜ぶべきことではないのではないか。

 たんに美味である以外にもサクランボはとてもおもしろい商財になる見込みがあった。たとえば、旬がほんの1週間しかないこと。こんなことほとんど誰も知らないのである。果物屋ではもっと長い期間サクランボは販売されているが、それはさまざまな品種が順繰りに並び、産地もあちこちから集まるからである。山形県の佐藤錦の旬はあくまで1週間なのである。

 しかも冬に低温が長く続く地方でないと佐藤錦はとれない。山梨県などでも栽培しているサクランボは別の品種だとのことだ。

 こういうトリビアがなかなかおもしろい。そもそも、涼しいところで栽培される果物なので、近畿以西に住んでいる人にとってはまだまだ身近じゃないのだ。

 なのに、栽培がとても面倒な果樹(果樹というのはたいてい面倒だが)なので、栽培にかかる手間を説明するだけでも、おもしろそうだ。「へえ」度数が高いのである。しかも旬が短いので、テレビなどのメディアに短期間にそうとう集中的に取り上げられる。

 道をつけるため、山形行きの夜間高速バスに乗ったのが16日の夜だった。飛行機は避けた。高速バスは早朝に到着するので時間が有効に使えるからだ。寝心地は悪いけれど、そこはどこでも寝られる体質でカバー。

 朝になったらもう山形駅前。初めて乗る奥羽本線で村山市へ。結城農園の結城文俊さんと半年ぶりの邂逅を果たす。

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 すぐに農園につれていってもらい、選果場・農園を見せてもらった。サクランボ、なかでも佐藤錦のあきれるほどめんどうな栽培がよくわかった。これじゃあ高価になるのもしかたがない。

 サクランボは雨に当たると実割れするので、5月末から6月上旬にかけて果樹を完全にビニールの矢根で覆う。そのために果樹園の上はすべて鉄骨を使って頑丈な屋根が作られている。ビニールハウスだが、側面はビニールで覆わず、鳥獣害を防ぐため網で囲んである。

 上からの日光を葉が遮ってしまわないようにサクランボにかかる葉は適度に間引く必要がある。おびただしく実っているすべての実にたいして、この作業が必要になる。とんでもない作業量だ。

 樹の根元にはいちめんに銀色の日光反射シートが敷き詰めてあった。日光を下から実に当てて色よく熟させるための配慮である。このため、ハウスの中はレフ板が完備した状態になっていてとても明るく、撮影がとてもしやすいので助かる。枝ぶりと色づきのいい実を選んでビシビシ撮影する。

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 佐藤錦にはほかの品種にない困った性質がある。自家受粉しないのである。つまり佐藤錦だけ植えていても実がつかないから、相性のいいナポレオンなど別の品種を同じハウス内に植える必要がある。すなわち、同じ面積の畑では佐藤錦は収穫量の点で圧倒的に不利なわけだ。10本のうち1─3本は別の品種を植える必要があると聞いて「そりゃ高くもなるわ」と思う。

 受粉期には効率良く花が受粉するようにミツバチを借りてくる。農協(JA)を介して養蜂家からミツバチの巣箱を賃借りしてきてハウス内に設置する。この時大事なのは気温が15度以上なければならない。花冷えが起きるとミツバチが活動しないため実付きがいっぺんに悪くなってしまう。これを避けるため受粉期にはハウスを壁で覆って中でストーブを焚く農家もあるようだ。

 こうしたいっさいがっさいが、すべてサクランボの値段に跳ね返ってくる。しかも手摘みだから一気に大量に収穫ができるわけではない。

 この収穫直前の高級サクランボを狙うのが「サクランボドロボウ」というわけだ。なるほど。

 最近は資源・鉄材が高騰しているため、鉄骨ハウス自体の値段がこの2年で2倍くらいになってしまった。「もうハウスは新しく建てられない」と結城さんが嘆く。結局はサクランボの値段のさらなる高騰という形に跳ね返ってくるのだろう。



[2008/07/02 00:57] フィールドニュース | TB(0) | CM(0)