大人になって始める昆虫採集 

 昆虫採集を再開した。

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(写真説明:自宅周りの普通種ばかりだが、それでも昆虫は非常に多様性が高い)

 再開といっても、子どものころに異様に好きな遊びだったのを、20年ぶりくらいに真剣にやりだしたというわけである。

 きっかけは昆虫標本のあまりの美しさに電撃的啓示を受けたからだ。「これは俺がやるべきことだ」と。

 考えてみれば、これまで昆虫採集を趣味にしていないのが不思議であった。

 毎年のように韓国にまでカワウソ調査に行って酷寒の川で張り込み、糞や足跡などのフィールドサインを集め、日本ではアマゴやイワナを求めて渓流に分け入り、ついにはフライフィッシングにまで手を出すようになった(しかし釣れず)。自然誌的探求生活が年齢とともにさらに深まっているにもかかわらず、いつも身近にいる昆虫だけは本格的に手を出していなかったのである。

 日本には昆虫にかんする商業誌がある。そんな雑誌があるのは「世界で日本だけ」らしい。養老孟司氏が言うんだからほんとうだろう。その名も『月刊むし』という。発行している会社名はその名も「むし社」というのだ。

 この『月刊むし』を購読しはじめて、雑誌の広告ページにある「むし社」の販売部や昆虫採集用具店の宣伝が気になってしかたなくなり、先月上京したさいに訪ねてみた。むし社はJR中野駅のすぐ前にある。なんということもないマンションである。

 海外の珍しい甲虫を中心に生き虫を膨大に売っているのは最近ペットショップでよく見る光景だが、むし社の違うのは採集道具や昆虫標本がたくさん置いてあるところである。見事なまでに美しく展翅・展脚された標本が、ドイツ製の標本箱の中にズラッとならんでいる。なかでもいちばん感動したのは小さな甲虫たちだった。小さな体に秘められた存在感。

「美しい……」

──ここで電撃に打たれてしまったたわけである。

 これまでもあちこち旅行をした折や生活をする中で昆虫を捕らえてはいた。去年はバイクをかっ飛ばしている最中にキラリと光るものを視界の端に認めて急ブレーキ停車、車道で拾ったのがタマムシだったので狂喜したし、どこで捕まえたか忘れた(たぶん奈良公園)ダイコクコガネもビンの中で干からびたまま持っている。ダイコクコガネは小さな甲虫なのに、頭を横から見るとかなり攻撃的な角度の尖った角を持っていて格好がいい。ハンミョウもどこでどうして捕まえたか忘れたが、ビンの中で干からびたまま赤と青色に羽根を光らせている。

 そういう昆虫たちをきちんと標本にすれば、あの標本箱のように美しい世界ができあがるのだ。

 あわてて(あわてなくてもいいのだが)、捕虫網と折り畳み式の網枠、昆虫針をスタンダードな0号から3号まで買い求めた。それぞれの使い方を店員のお兄ちゃんに聞く。とっつきにくそうなお兄ちゃんに見えたが、ムシの話になるとニコニコである。正しいムシ屋の態度である。羽根が異様に堅いゾウムシなどは、昆虫針をピンセットの根元に挟んで刺すといいらしい。なるほどなあ。むし社を出たその足で渋谷の「志賀昆虫普及社」(通称シガコン)に向かう。ここではピンセット各種とそしてこれがだいじな殺虫管を購入。酢酸エチルという薬品を入れて昆虫を殺すために使う。昆虫採集の普及に尽力したシガコンの設立者・志賀夘助氏の『日本一の昆虫屋』(文春文庫PLUS)も購入。

 自宅近くに日岡山があり加古川本流がある。庭もやたらに広いので、夏にはけっこういろんな虫が灯火に集まってくる。毎日見つけたムシを拾うというテキトーな採集をしているだけでも、標本にするという作業を加えるだけで面白い。自宅周辺でとれる昆虫をとりあえず可能なかぎり集めてみよう。

 思えばカワウソの調査とフライフィッシングとは似たような悩みがある。どちらも完全に土着のネイティブの動物を相手にできないということだ。土着というのは育ちだけでなく、遺伝的にも、である。

 カワウソはもちろんネイティブどころの話ではなく、日本ではすでに観察がめちゃくちゃに難しい。現実的でないくらい難しいのである。これまでニホンカワウソ研究会の仲間が四国の西南地方や九州などの生息の可能性の高いところで調査を繰り返してきたが、ニホンカワウソの生息している痕跡は見つかっていない。野生カワウソの観察をするためには、生態も近いと思われ、生息数も多い韓国まで足を伸ばさざるを得ない。

 渓流魚はどうか。土地で育った土着の魚がいるではないかと言われそうだが、現在渓流に生息しているアマゴやヤマメ、イワナはほとんどが放流である。もともとはその川に固有のアマゴがいたはずだが、放流事業がいきとどいてしまったがゆえに遺伝的にはめちゃくちゃになっているはずだ。

 天然のアマゴを釣るとあまりの美しさにため息が出るが、しばし後にこの山紫水明の滴のような魚にも人為的な遺伝子の撹乱が及んでいることを思って興が冷めるのも確かなのだ。

 アユなんてさらにひどいし、クサガメだって中国南部産のものがゼニガメとして売られているらしく純日本産のものが減るのを危惧する声がある。最近話題になったのは飼う人が多くなったメダカだ。飼っていたメダカが増えたからといって放流すると、各地の自然に適応している個体群が万年単位の時間をかけて身に付けてきた特徴を乱すことになる。

 もっとも、コイなど人間の生活に古くから関わってきた魚は大昔から移植されているために純系もへったくれもなくなっている(日本の川をカヌーで下るとイロゴイの多さに驚く)のだから、日本のような人間の関わりの強い土地でそれほど「折り紙付きのネイティブ」を求めるのはおかしいかもしれない。そんならアラスカにでも行けと。

 ところが、昆虫なら完璧なネイティブに自宅の庭で出会えるのである。土地土地の微気象にまで適応して生きているから、自然の見方がより繊細になる。なにせ地上でいちばん繁栄している動物だ。

 合気道というツールによって人間の体の見方が細やかになるように、昆虫を介して見ることで自然の見方が細やかになるのではないだろうか。


追記:「カワウソは……日本ではすでに絶滅(個人的に確定するが間違いない)している。」のオリジナル版のくだりを、熊谷さとしさんの指摘を受け訂正しました。ご教示ありがとうございました。(2008/07/22)
[2008/07/18 23:53] よもやまコメント | TB(0) | CM(0)