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安さが海外で持つインパクト 

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[2017/08/17 04:24] ビジネス | トラックバック(-) | コメント(-)

名刺がない、住所もない 

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[2017/08/10 04:08] ビジネス | トラックバック(-) | コメント(-)

タンザニア・ショック 

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[2017/08/08 05:04] よもやまコメント | トラックバック(-) | コメント(-)

日本を活気づける処方箋 

saitama_rindou_20170803042841ee9.png

「ネットでも有名」通行止め突破、林道走るオフロードバイク…死亡も 行楽シーズン迎え飯能で苦慮(埼玉新聞)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170802-00010005-saitama-l11



 バイクに乗るという遊びは「危険を楽しむ」という側面があることを忘れてはいけない。

 自転車・サーフィン・スキー・スケートボード・スノーボード・スラックライン・カヤック。じつはバランススポーツと呼ばれるものはすべて同じ性質をもっている。不安定だからこそ自由に動けるからだ。不安定なものを乗りこなすことに人間は強い快感を感じる生き物だ。おそらく2本足で立って歩くことを覚えたからだろう。

 だからバランススポーツの道具は高度になればなるほど不安定だ。自転車のロードレーサーはものすごくハンドリングがクイックだし、スラロームカヤックは初心者は乗ったとたんに沈するような乗り物だ。その不自由さに自分をおいて、そこから圧倒的な自由さを引き出すのが醍醐味なのである。

 ダートを走るバイクというのは、そもそも不安定な二輪車であることにくわえて、不整地というさらに不安定な場所を走ることに特徴がある。また、猛烈なパワーを持ったエンジンを搭載した機械をもちいる。

 人間は強烈なパワーを持つものにあこがれる。おそろしいパワーを手に入れ、制御することを教えるのは人類のばあい父の役割だった。おそろしいパワーとは時代によって火だったりウマだったり原発だったりした。

 この国にはもう父はいない。「安全と安心」の国になった。安全は物理的な問題であり、安心は気分の問題であることくらいすこし考えればわかりそうなものだが、誰もが安全と安心をごっちゃにする国だ。なにひとつ冒険しようとしないすさまじい過保護国家に成りはてた。





 林道ライダーが崖から転落して人が死んだそうだ。

 いい死に方じゃないか。過保護国家では、バイクで山を走るなんてママが怒りそうなことをすると警察が出てくる。放っておけばいい。ほんとうに走りたいならママの手先の木っ端役人など無視して走ればいいのだ。

 このニュースにたいして、さるFacebookのバイクグループに投稿されたコメントを羅列してみる。

「事故があると大変 安全第一」
「死亡事故が起きると警察が動かない訳にはいかないんでしょうな。」
「昔はとおれたよね?いったことあるよー」
「亡くなられた方がいたのは知ってましたがここまで来るともう本格的に走れなくなるかもしれませんね....」
「昨日ナイトランしましたが走れましたよ。」
「管理者がするなってことを平気でやるような方々のせいで、バイク乗りの立場は悪くなっていく。落石の恐れが有るなら近付くべきでは無い。行くなって場所には行くなよ。身勝手な行動すんなよ。」

 安全第一ならバイクなど降りて縁側で将棋でもさしておけばいいのだ。走りたいなら夜でも別の林道でも走ればいいと思う。バイク乗りの立場が悪くなるなどと嘆く必要はない。もとより日本ではモーターサイクルはスポーツとして認められてすらいない。たんなるアホの暴走だという認識だ。生まれた時代が悪かったとおもってあきらめろ。

 身を危険にさらさないと生きてる実感がわかない。危険こそがおもしろい。人間にはそういう致命的なクセがあることくらい、何十年も生きてきてわからんのだろうか。

 「ファイトクラブ」といういい映画があった。コンビニの店員とかサラリーマンとかレストランのウェイターとか、都会のかたすみでしがない日常をおくる男たちが、夜な夜な隠れ家に集まって真剣勝負の殴り合いのパーティをやるようになる。勝負を決するのはどちらかの失神もしくはギブアップ。闘いおわったあとは血だらけで抱き合ってお互いの健闘をたたえあう。

 お互いを殴りあって傷つけあうことで自分と他人の肉体の存在にきづき、生きた気がしない人生におさらばできる。

 たとえば精神的に追いつめられた人は、ギリギリこの世に生き残るためにリストカットをする。ファイトクラブはいわば「集団リストカット」みたいなものだ。傷つけることでようやくまともな人間に戻る。バーチャルだらけの世の中でようやく「生(なま)」を手にいれる。

 恋愛のことをフランス語で「アバンチュール」という。つづりはaventure。そうアドベンチャーのことだ。身体的な冒険はいまや都会には恋愛しか残されていないといっても過言ではない。身が破滅をまねくようなセックスをめざす。

 それ以外に生きてる実感を求めたい人はジムに行ってギリギリまで身体を追い込む。アタマだけ使っていると破綻しそうになるからだ。

 わたしは仮説をもっていて、都会生活で鬱におちいったりするのは、身体を使うクセが付いていない人なのではないかとかんがえている。優秀な経営者には筋トレを好む人間がじつにおおいが、これは論理が逆である。ヒトの身体性を維持するルーティンを持っている人間しか、脳を酷使する仕事では成功できないのだ。

 だからあなたがMBAなどを取得してエリートビジネスマンか経営者などになりたいのなら、その前にスポーツでも生け花でもいい。肉体や身体感覚をしっかりつかうクセが自分に身についているか確認しておいたほうがいい。そうでなければやめておいたほうが得策だ。

 脳だけを使う人間は打たれ弱い。都会での頭脳労働一辺倒によって疲弊し、へたをすると人生を棒に振る可能性すらある。いや、死ぬ可能性すらあるのはまわりを見わたせばわかるだろう。





 人間は危険を求めるものだ。だから人間の社会にはそういう装置が埋め込まれている。スポーツや冒険、芸術など、極限まで追い込む性質を持ったものそういう営みだ。「人間に必要だからやっているんだ」ととらえて、好きじゃなければ放っておけばいいことだ。

 安全安心が好きじゃないやつもいる。言っておくが、世の中を切り開いてきたのはおもにそういう人間だ。

 そういうことに気づいたのでLumberJacksという組織をつくった。とにかく危ないことばかりをやる集まりだ。伐倒をふくむ林業・薪割り・ダートバイク・カヤック・合気道などとにかく一歩まちがえば死ねる可能性のあることしかやらない。

 さいきんはわたしの会社経営がおもしろいため活動を休止しているが、こういう「やらなくてもいいことで命を落とす可能性」に人をさらすと、どんどんメンバーが活気づいてくるのがおもしろかった。

 合気道で死ぬ?と思うかもしれないが、じつは合気道の型稽古はすべて殺し合いの真剣勝負を模している。見た目はのんびりしているが、たんなるポイント合戦の柔道や空手よりよほど根本的な設定が危険だ。

 稽古をしていると、青びょうたんみたいな顔をしたあたらしいメンバーが入ってきて、1年くらい続けているうちに身体性を取りもどしてまともなヒトに返り咲いていく過程を観察できる。ちなみに合気道はさいきん会員が増えているそうで、じつは合気道は「ママに怒られないファイトクラブ」だ。





 ダートバイクで林道を走っているやつは、現代社会ではかなり野生を残している人間だ。数がおおくなれば崖から落ちたり転倒して死ぬやつもでる。確率論だからあたりまえだ。

 脳ミソを脂肪でくるんだようなブタどもの出る幕じゃない。安全安心でクーラーのきいたおうちにすっこんでろ。

 ダートバイク乗りに告ぐ。時、利あらずだ。あまちゃんどもは放っておけ。そもそもまじめに法律など適用されればとことんグレーでしかない遊びをやってるんだ。それくらいの覚悟は最初からもっておけ。警察など全国の林道をすべて封鎖することはできない。そんなヒマでもない。これから日本の林野は人がへって、ますます狐狸の跳梁跋扈する原野になっていくのだ。もうすこし待てばいい。

 林道に行くならできれば1人で行って死ぬ可能性を高めるとおもしろいぞ。こういうムダなことで死ぬやつがどんどん出てきだしたとき、日本はようやく活気づいてきたといっていいだろう。
 




[2017/08/03 04:20] ヤマハ WR250R / ダートバイク | トラックバック(-) | コメント(-)



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