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ムサシオープンデパート運営の謎 

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 第15回のムサシオープンデパートがめでたく終わった。きょうはようやく1日休養およびユンケルを投入しながらデスク仕事。

 3日間のイベントデーは集中力がいるうえ、週明けスタートから我が社のスタッフは東京と海外に出張に散っていき、ガラガラになったとたんにNHKの「おはよう日本」で除草バイブレータが取り上げられるので朝0600時出勤とかで休む暇がない。ありがたいことだ。

 なんとなくみんな走り慣れてきたかんじである。





 野外イベントにもいろいろあって、それこそ花火大会みたいに一夜明けるとゴミの海が現出するものもあれば、主催者が必死でゴミの持ち帰りを呼びかける必要のあるイベントもある。

 これにはしかたないところもある。屋外は屋内より「テキトーで大丈夫」という空気がどうしてもできやすいので「場が荒れる」のだ。

 ところがオープンデパートは荒れない。ゴミなどほとんど落ちていることがない。

 ゴミは出した出店者が持ち帰るという、ややめんどくさいけれど合理的に考えるとそうするしかないルールをちょっと前から採用している。実現可能か当初はいぶかしんだが、今や完全に機能するようになった。

 いぜんはわれわれで持ち帰っていたのだが、配慮のない捨て方をされたすさまじい量のゴミ袋を運ぶため、追加のトラックまでが必要になってしまった。「いくらでも捨ててOK」は人心を荒らすのである。

 ところが出店者が自分で持ち帰るとなると、薄い皿を採用したり重ねたりと知恵を出してゴミを減量する方法を考えてくれるようになる。会場みんなでゴミの削減に励んでいるのと同じことになり、運営者のわれわれもイベントのコストを入場料や出店料に転嫁する必要がなくなる。

 だれか一人に責任を押しつけるとめちゃくちゃたいへんだけれど、みんなでバラバラに負担すればたいしたことがないということはよくある。

 会場の境界線もそうである。場外と場内を隔てるのは2本のコーステープだけ。誰でもくぐろうと思えばくぐれるのだが、だれもくぐらなくなった。「ごめんどうですがテープをくぐらずに入場門から行き来してください」と出店者に伝えると、その日から完全に全体が機能するのだ。





 半年に1回しか会わない数千もの他人と一発で息が合うというのは、よくよく考えると信じられないような奇跡である。

「すばらしい運営ですね」「いいイベントですね」とよく言われることからわかるように、おおかたの人はこのハッピーでメロウで協力的な雰囲気を「主催者が作ったもの」と考えてしまうようだ。

 そう考えたほうが分かりやすいのだろう。すぐれた人物にすぐれたリーダーシップを期待する英雄待望論とおなじメンタリティである。

 ところが幸か不幸か、じつはそういう単純な仕組みではない。

 われわれがやっているのはこのイベントの「初期設定」だけだ。入場門やテント、看板などを用意して告知活動をおこなう。開催中のイベントを見てもらえれば分かるとおり、広い会場のほとんどは出店者のブースによってできている。そして会場内にいる人のほとんどは来場者である。われわれは人々がどう振る舞うかまでは決定できないのである。

 オープンデパートの1/3はわれわれの初期設定によって決まるが、1/3は出店者のアウトプットによって作られ、そして残る1/3は来場者のはなつ雰囲気でできている。





 ベンチャー企業のユニークさを図るモノサシとしては

(1)事業がどれくらいもうかるか」

にくわえて
(2)その実現手法にどれくらいマネしにくい独自性があるか」

というのが重要なのだそうだ。つまり何が自分たちだけにしか再現性がないということだ。その観点からいえば、ムサシオープンデパートはかなり「マネのしにくい」イベントになってきている。

 ドレスコードもないのにみんなオシャレして来てくれる。このへんの謎を解くのがここからの仕事である。



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[2017/10/12 18:24] よもやまコメント | トラックバック(-) | コメント(-)

発売予告!シェアベンチで日本をゆるくしよう 

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 もっと広々とゆるやかな世の中を作りたいとおもって生きてきました。

 あすスタートの鳴尾浜でのムサシオープンデパート(MOD)では、現場でしか手に入らないサプライズをお届けします。これはあたらしい公共空間をつくるためのチャレンジです。

 それはベンチ。ごぞんじの座るためのアレです。その名も「シェアベンチ」。

 10月7日(土)の鳴尾浜でのオープンデパートから発売します。場所をとらず家族4人くらいまで座れます。アウトドアにもぴったり。家具職人と設計・デザインして作った完全オリジナルで、意匠登録もすすめています。

 じつはわたしは最近ベンチという物体にたいへん興味をいだいています。話はやや長くなりますが、しばらくお付き合いください。



 MODの前身となる雑貨店アインショップはヨーロッパからの直輸入雑貨を販売していました。そのころから欧州に現地出張に行くたびに感じるのがあちらのカフェ文化の豊かさですね。喫茶店の屋外席が歩道や場所によっては車道にまで広がっていて、みんな新聞や本を読んだり談笑したりしてすごしています。

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 こういう開けた、かつあいまいなスペースが日本にはありません。

「ほんとオシャレだよねー」

というひとことですませてしまいたくありませんでした。ぜったいこういう場所を作るべきで、必要だと思いました。

 昔はあったんですよ。Googleで「昭和初期 商店街」と画像検索すれば、もっとゆるくてにぎわっていた時代が日本にもあったことがわかります。



 もう10年以上前のことです。アインショップを加古川駅の駅前ビルの1階で営業していました。広い歩道に面していたので、立て看板を出そうとしたんです。

 ところがこのビルにはその名も「はみだし委員会」というものがあって「ある線をこえて何物を設置することもまかりならん。立て看板は一つのみ許可」というルールがあるのですね。イスやテーブルなんか話にもならない。

 お客さんと公共スペースを共有することは路面店の大きな魅力のひとつだと考えていましたから、ずいぶん反対したんですが実現は不可能なようでした。

 そもそも地面なんか誰の持ち物でも本来ありません。たまたまあずかった「天下の公道」です。そこをいかに有効に使えるかが勝負だと思っていました。もちろん「有効に」というのはたんに金儲けの話ではありません。公共空間を盛り上げて、その余禄として商売が繁盛するという理屈です。

 わたしはフィリピンでの3年間の生活から帰ってきたばかりで、かなり頭のネジがゆるんでいたのは確かかもしれません。しかしそういう「公共」の考えかたそのものがすでに許されていないことがショックでした。

 現代日本にはそういう国ではないらしい。そういう土地の使い方も、広々としたメンタリティも失われてしまった。

 アインショップという15年の歴史をきざんだ雑貨屋をこの春に閉店したのは、そういう不自由さに耐えかねた面がありました。もっと広くて自由な空間があればいろんなアイデアが実現できるのに「店舗」をやっているかぎりムリだったのです。

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 その後、たまたま雑貨店の在庫処分アウトレットを神戸ワイナリーの芝生広場でやってみて、あまりの自由さに感動したんですね。なにもないからルールを自分でつくることができる。薪割りをやろうがチェンソーをまわそうが自由自在。

 そんなことからあえて野外のイベントのMODに舵をきりました。




 昨年夏のテスト営業をへて、この春からムサシの地元の加古川市で「オープンデパート朝市」という市場をはじめました。どうしてもMODはたまにしか開催しない大型イベントになってしまっていたので、もっと毎日の生活にはりついたオープンな場を作りたかったのです。

 この場所でわたしが重視したのが「ベンチ」です。お待たせしました。ようやく出てきました。

 ベンチというのは長イスのことですが、じつはイスとはぜんぜんちがいます。なにがって、圧倒的にゆるいんですね。

 そもそも何人がけかも決まっていません。2人でも4人でも座れる。何人で座るべきかなのも明示されていませんから「ここどうぞ。詰めますから」なんてやりとりが自然に生まれます。

 基本的な用途はイスとはいえ構造的にはたんなる長くて平らな台でしかありませんから、用途すら決まっていません。夫婦で談笑してもいいし、恋人がくっついてもいい、ルンペンのおっちゃんが寝転がっててもいい。赤ちゃんのおしめ交換にだって使えるのに弁当を広げることもできますね。

 そんなわけで、ベンチがたくさん並んでいる場所は「ま、お好きにくつろいでってください」というゆるい雰囲気につつまれ、コミュニケーションが生まれるんですね。

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 朝市でもベンチをならべるとゆずりあいと談笑が自然にうまれました。「世界でいちばん見知らぬどうしで話をしない国」といわれ、電車の座席を奪い合っているおなじ日本人とはおもえない空間をつくる力が、この単純なベンチにはあるんです。

 こういう物理的な装置って本当にだいじだよな──と思っていましたら、先だってこんな記事を見つけてほんとに驚きました。同じようなことを考えている人っているもんですね。


「7000以上のベンチによって繁栄した街セントピーターズバーグ」(大西正紀)
http://bit.ly/7000benches


 アメリカのフロリダ州タンパの近くにあるセントピーターズバーグという街の話です。この街はむかし街のいたるところに7000ものベンチがあり、そのおかげで街がたいそうにぎわったのだそうです。

 個人的にツボだったのはベンチにすわっている昔の人たちの距離の近さですね。すごいツメツメで、おそらく他人同士と思われる人たちも談笑している。こ・れ・だ。これですよ。すでに先駆者がいたのです。

 朝市とオープンデパートで使うベンチをこれからこの「シェアベンチ」にいれかえていきます。

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 シェアベンチは折りたたみ式になっていて平らに収納することができます。合板式なので頑丈で、上で大人が飛び跳ねてもびくともしません。どこからみてもスッキリした外見になるようデザインにも気を配っています。家庭や店舗はもちろん、クルマでの旅行に持って行ってたのしんでください。



 そういえばもう20年以上前になるでしょうか。もしかしたら国鉄がJRになってからのことかもしれません。駅のベンチがとつぜん手すりで仕切られるようになりました。若い人はそんな時代があったことすらしらないでしょうね。

 なんともいえずイヤーな違和感を強烈に抱いたのでその原因がずっと気になっていたんですが、あれはすでにベンチではなかったのです。多人数用のイスがつながっているだけで、冷酷なまでの他人行儀と合理化のたまものです。

 こんなふうになってしまった日本の風景を、ゆるくて開放的でなにげない交流にあふれたものに変えていきましょう。

 シェアベンチがその一助になればさいわいです。

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[2017/10/06 04:21] よもやまコメント | トラックバック(-) | コメント(-)

フランス人のDIY 

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 このたびのフランスへの旅でいちばん驚いたのが、人々があまりに日常的に、かつ熱心にDIYをおこなっていることでした。

 訪ねたのはブリーブ・ラ・ガイヤルドというフランス南西部の農業地帯にある中核都市。自治体のサイズがずいぶんちがいますが、フランスの県はおそらく日本の「旧体制の国」つまりたとえば摂津とか播磨とか丹波とか、くらいのサイズだとおもえばいいでしょう。わりと小ぶりで、その地方のむかしからの経済圏を反映している。ブリーブはコレーズ県の中核都市で、おそらく加古川市くらいのサイズだ。

 ホームセンターをたずねました。

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 地方の中核都市ですので商圏がひろく、そのぶんホームセンターも大型店舗がおおいのでしょうが、それにしてもまず訪ねたブリコ・デポという店舗で売っている商品のラインナップの多さに驚きました。塗料やネジ・クギのたぐいはもちろんですが、もっと大きな、たとえば日本ではまずホームセンターで売っていないドアやら便器やら台所のシンクやら、かなりの大物まで売っているのです。それも多種類。

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【写真説明】これはブリコ・デポとは別の店。だいたいこんなふうにバスタブとかドアとかの大物も売っている。

 さらに驚いたのは、この店を訪ねたのが月曜日の午前中だったにもかかわらず、職人とか工事業者ではなくどうみても一般人がこうした大物商品をどんどん買っていくのですね。

 ひとりでやってきて台所のシンクを物色している女性を見たときにはカルチャーショックでした。ほかにも若い夫婦がカートに子どもを乗せてあるき(もういちど言いますが月曜の午前中です)、老夫婦がたくさんの資材を調達しています。日本人は資材売場に来るのはおっさん1人です。たぶん夫婦で間取りとか相談しながら買い物しているのでしょう。とにかく職人や業者のほうが圧倒的にすくない。

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 日本のホームセンターやイケアやニトリみたいな家具店のように、買ってきて自宅に設置したらそれでおわり、という商品の店ではないのです。自分で作るための部品や大物の部材ばかりをカートに乗せているのです。店の外では牽引車や車の屋根のキャリアにこうした大物商品を積んでいる。

 ちょっと日本人の「日曜大工」とはレベルが違うようです。フランス語で「ブリコラージュ」というのが「日曜大工」「DIY」という意味ですが、このブリコラージュがほんとうに生活に根付いているようなのです。



 一計を案じ、本屋に行ってみました。それほど一般人がDIYをするのであれば、そのための指南書やハウツー本が本屋にいくと置いてあるのではないかと思ったんですね。

 ありました。すごいのがある。「家庭の医学」みたいなサイズと厚さのフルカラーの「DIY大百科」が3種類もおいてあるではないですか。しかも立ち読みしてみたら木工とかガーデニングにとどまらず、石材の積みかた、水道の配管の方法、電気配線のしかたにはじまり、ついには地下室を掘りかたなんて記事まで見つけてしまった。ちなみにフランスの家庭用電源の電圧は220ボルトです。失敗したら死ぬよ(たぶん死んでる)。

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 こういうことをやるのが普通なんですね。大百科以外にもいろんな分野の専門書籍がたくさんありました。

 なぜそれほどフランス人がDIYをやるのか。帰路の飛行機でとなりに座ったのがちょうどいいぐあいの田舎出身のインテリフランス人(国連難民高等弁務官事務所の職員でした)だったので、詳しく聞いてみました。

 案の定フランスではDIYで自分の家を改築したり家具を作ったりするのがあたりまえで、できないと「パリのやつらはクギもまっすぐ打てない」なんてバカにされたりするんだそうだ。この四十代の男性は自分自身はDIYなんかまるきり苦手なのですが、やらないとバカにされるので「何十回もホームセンターに通って家を直しました」と話していました。

 さらにそれを友だちどうしで手伝ったりするのがふつうなんだといいます。やれ友だちの車が壊れたの、やれ知り合いの家のペンキを塗るのといってしょっちゅう一緒にそういう作業をやるんだそうです。

 女性でも同じ。ホームセンターで大きな台所の大きなシンクを物色している女性をみてびっくりしました話を書きましたが、信じがたいことに、この女性はおそらくほんとうに自分でこのシンクをつけるのです。でなければ女性がひとりでシンク売場で悩むはずがない。

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 DIY大国成立の理由を考えてみました。

 もともとヨーロッパ諸国というのは緯度が高く、比較的温暖なフランスですらじつは北海道や樺太と同じくらいの緯度にある国です。つまりはひどく寒冷で昔は貧しかったはずだ。さらにバカンスがありますから、ヨーロッパの人々は日常的にはひじょうに倹約します。DIYはこの倹約の一環なのですね。こういう節約志向という条件がまずあります。

 さらに、フランスが農業国なのもDIY好きに拍車を掛けている可能性があります。

 面積が日本の1.5倍もあるのに、人口は日本の半分の6000万人しかおらず、しかも土地が日本にくらべると圧倒的に平坦で広いため農業がひじょうに発展しています。パリからレンタカーで小一時間も郊外にでると「まるっきり北海道そっくり」という広大で平坦な農地が広がります。

 日本でも「百姓というのは百の仕事をするからそう呼ばれる」なんていう話があるとおり、農民というのはなんでも自分でやってしまいます。フランスでも農業人口は減っているそうですが、もともとの農民の血がこういうDIY体質を生んでいるのではないでしょうか。このてん完全に都市型社会のシンガポールとかドバイとかの人々は、今後どう転んでもトンカチ握ってDIYをはじめることはないような気がします。

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【写真説明】牽引車がむちゃくちゃ多い。運ぶ気満々だ。田舎町のブリーブだと目測でクルマ10台に1台はヒッチ(牽引車の接続具)が付いていた。資材売場はクルマでそのまま乗り込むスタイル。

 そういえばわたしの知り合いでも北海道に住んでいる人は内地の人間より行動パターンがかなりたくましい人がおおいですね。東京で会ったふわっとした女性に「むかしセロー乗ってましたよ」って言われて驚いたことがある。なるほど道産子ってこういうことかぁ。

 もうひとつの理由として、これはたぶんですが職人の質が日本のように高くない。日本の建築関係の職人というのはおそらく世界一まじめで仕事がていねいです。ところがフランスは見た目はおしゃれですが、さるホームセンターの建物も帰りのシャルルドゴール空港も雨漏りしていました(笑)。そんなに雨が多い土地じゃないのにこのザマですから、自分で日曜大工をやっても金をはらって本職にたのんでも、日本ほどクオリティが変わらないのでしょう。

 最後の理由として、さきほど述べた「いっしょにやる」文化があるのだとおもいます。DIYをやっていると細かいところがわからなかったりつまづいたり失敗したりの連続です。それを周囲の人が手伝うのが一般的であるという生活文化がある。つまり「DIY(Do It Yourself)」じゃなくて「DIO(Do It Ourselves)」なんですねじつは。



 日本人だって3代前をさかのぼればほとんどの人が百姓で、たんぼや畑の耕作はもちろん、牛やニワトリを飼い家の壁をなおし、屋根をふきかえとあらゆる仕事を自宅や集落でやってきたはずです。しかし高度経済成長の50年間は日本人を「買って終わり」の消費者に変えてしまいました。

 しかし日本社会がだんだん全体的に貧乏になってくるにしたがって、田舎に住んで共同で空き家をなおしたり、畑をやったりする若者が増えてきています。こういう動きをみていると、失ったものは多いしまだまだ時間はかかるとはいえ、日本人は最終的に収まるところに収まるんじゃないかと。
 
 まだまだ希望的観測ではありますが、景気も悪くなってそのうち楽しい世の中がきそうな気がしています。


[2017/10/03 01:52] よもやまコメント | トラックバック(-) | コメント(-)



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