われわれはお茶してないよね? 

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 これまで「ようそんなことやるわ……」と言われかねないことにあえて挑んできた。いやはっきりそう言われてきた気がする。

 記念すべき日になった。おととしからはじめた朝市がきょうついに初めて平日の開催にトライしたのだ。

 土曜日の朝0700時からなんの変哲もない県道ぞいの田舎の駐車場でテントを立てて「朝市です」とやってみた。

「よく0700時からやりましたね」

と経営コンサルタントから後日誉められたが、真夏は0800時くらいになると暑さで快適とは言いがたいので早く営業を始めるしかないから0700時になっただけだ。まあ競合はいませんけどそれだけですね。魚のいないブルーオーシャンです。

 ところが案外お客さんがきてくれて3週間で固定客がついて定着。驚いた結果になった。

 あんまり見た目が貧相だったので手近の公共施設に場所を移した。ごぞんじ加古川の文教スポーツ施設ウェルネスパークだ。木陰にかこまれているのはいいものの、これまたこんなスペースがあることを施設の利用者すら気づいていないほどの奥まった砂利の駐車場だった。だれがどう見てもオマケみたいな土地である。これまたそれなりに定着した。

 冬になった。屋外のイベントだし来年春までお休みしますとスタッフは言ってほしかっただろう。

「みなさん真冬でもなんでもやるのです。ほかがやらないからやるのです」

スタッフは「えええ……」と言っていたが、

「寒いからといって市場が休んだら国民が飢えるではないか」

というよくわからない理屈でケムにまいて強引に開催したはいいが、おりあしく数十年に1度というすごい寒さがふきさらしの会場を毎週おそった。シベリア寒気団に対抗して薪ストーブを焚きまくったけど、気温計がマイナス7度を記録した日にはさすがにもうダメだと思った。

 しかしお客さんは寒けりゃダウンとか着てきて楽しそう。あんがい平気なのだった。

 むちゃぶりを続けてきてまもなく1年というところできょう平日の朝市になった。屋外のイベントで平日の朝からやるところなんて聞いたこともない。誰が来るんだ。

「われわれはイベントではなく市場であり庶民の胃袋なのだ。平日こそが本丸である」

とまたスタッフをケムにまいて強引に開催した。まあしつらえは基本的にテントを立てるだけだけれど、出店者のみなさんの売上げが上がらないともうしわけが立たない。

 しかしなんとかなった。きょうはそういう記念すべき日だ。



 会場に来た義理の妹と朝食を食べる。彼女の肩ごしに子育てママたちが談笑しながらお茶を飲んでいる。

 不思議なものである。しゃべっている間は人々はお茶の味なんかほとんど認識していない。「このコーヒーおいしいやん」とか言ってるのは最初だけ、あとは一心不乱におしゃべりをつづけている。どうみても主食はおしゃべりで、コーヒーや朝ご飯なんか添え物よくいっても演出材料でしかない。

「なあ、なんでしゃべるのが目的のくせに、人は『お茶しよか』とか『飲みにいこか』ってもってまわった誘いかたをするんやろな。『しゃべりに行こう』と素直にいわんのやろ」

「うーん、おしゃべりはどこに行っても自然についてくるからじゃないですかね」

 なるほど。さすがわが妹はいいことを言う。たぶんそうだ。しゃべるのはあたりまえのことで、それをあえて目的に持ち出さないでもすんできたのだ。

 しゃべることがコミュニケーションと言いかえれば、いまやLINEやFacebookのメッセンジャーやiMessageやSkypeをつかって、地球の裏側の人とも今すぐにはじめることが可能だ。ポケットから端末をだすだけでいい。テキストも顔文字もビデオチャットもやりほうだいだ。

 すでに20世紀の人が夢にみたような世界に突入している。だけど夢に見た世界の到来は、自分がアフリカ人とコミュニケーションする機会はたいしてないんだなということを大多数の人にとって再確認させただけに終わっている。



 それでも人は人と会って話そうとする。

 コミュニケーションの価値やハードルは下がった。しかしおもえば対面コミュニケーションの価値は逆に上がった気がする。コミュニケーションのハードルがさがったのは電子通信によるものだけだ。直接会って話すというのはおかげでかえってひじょうに特別なことになってきた。

 音楽がストリーミングサービスやYouTubeで聴き放題に突入して、かえってライブのコンサートが盛況になったのと同じである。

 朝市というのはあんがいそういう超スペシャルな場所なのかなとおもう。



[2018/05/16 23:44] よもやまコメント | トラックバック(-) | コメント(-)

組織バランス 

 我が社の強みは開発部でその次が営業部である。前からそうだった。

 もともとアイデアを製品にするのが得意な会社で社員のメンタリティも「どうなるかしらんけどいっぺんやってみようや」という感じである。こういうもともとの気質に新社長(おれ)のいいかげんな性格が拍車をかけている。開発が主力になるのは当然のことだ。

 それを売ってくる営業がそれに次ぐ。挑戦する開発にはミスがつきものなので、そういうアイデア製品に問題があったとき、丸く収める能力が当社の営業には高い。もともと逆境に強いのだが、昨年はチャンスにも強みを見せるようになった。

 ひるがえって他の部署はどうかというと、物流部や管理部(経理・総務)は強みにはなっていなかった。まあ中小のメーカーというのはそういうものである。作ってなんぼ売れてなんぼの自転車操業、とりあえず製品を出してそれを売ってこなければ物流も管理も意味がない。その意味では開発と営業が主力になるのはべつにおかしなことではない。

 しかし物流や管理が強みではないといっても、それがゆるされるのは「競合他社と同程度なら」という条件つきだ。

 競合他社よりレベルが劣ってしまうと、開発と営業がいくらがんばっても物流や管理部門がボトルネックになってしまって業績の足かせになってしまう。とくに企業が勢いよく成長しようとしたときに、部署間の成長バランスが取れていないと困る。


(1)開発部がいい製品を作った
(2)営業部が売り込みに成功した

まではうまく進んでも

(3)しかし売れすぎて物流部があっさり欠品させた


でジ・エンドとなる。もしくは


(1)開発部がいい製品を作った
(2)営業部が売り込みに成功した
(3)物流部も順調に出荷をしている

までうまく進んでも

(4)しかし多忙になっていく社員を管理部がケアをできず志気が低下


では次のサイクルに入っていけない。

 企業活動において、通常期には主力部門が会社の業績を規定する。しかし急成長期・好調期には非主力部門が会社の業績を規定するのだ。主力ではない部門は「強み」にまでならなくてもいいが「弱み」にしてはいけない──のである。



 また、だいじなことがある。これまでリソースを投入されてこなかった部門というのは、いったん火がつくとめちゃくちゃ伸びるのだ。

 社長就任から3年半、物流部門をテコ入れしてきた。

 とはいっても突飛なことはやっていない。外部から専門家を招いて現場改善のアドバイスをもらい、週イチのミーティングと現場めぐりで課題を把握して現場にすぐアドバイスする。必要な投資(机や棚や文房具を買ったり)をし、3カ月に1回くらい加古川駅前の三河屋で安くてうまい隠れ名物のシュークリームを買ってパートのおばちゃんたちに持っていく。

 するとこれまでテコが入っていなかっただけあってえらい勢いで伸びた。これまでそれほど工夫をしてこなかった部署は、全員がちょっと工夫をはじめるだけですべての業務がかけ算式に効率化する。

 売上げなどの数値には直結はしなくても、「これまで起きていた問題、起きておかしくない問題がみょうに起きなくなる」という形で結実しているのがよく見ておくと分かる。じつにシブい。



 開発、営業は好調で、物流部もある程度軌道に乗った。今後は管理部のテコ入れをやっていこうと思う。

 開発部や営業部ががんばっても得られるのは業績という金銭価値がメインだ。だからこそ「ビジネスにおける当社の強み」になっているわけである。

 しかし、開発と営業のおかげで会社はもうかってるけど社員はあんまり幸せそうじゃありません──というのは本末転倒だ。稼いだ金には意味はこもっていない。何にでも交換できるのが金で、だからこそ価値がある。社員の働きかたも管理部によって変えられる。

 従業員の働き方や人生のありかた、上げた収益の使い方を決めることができる。カネの意味を固定し活かすも殺すも管理部しだい。その部署を伸ばすのはひじょうに意義のあることなのだ。

 「管理部を伸ばす」「経理部を成長させる」「我が社の強みは総務にあり」とか言う人はあまりいない。だからこそやるのである。



[2018/05/02 17:56] 会社経営 / ビジネス | トラックバック(-) | コメント(-)