加古川市を流れる曇川(くもりがわ)という川で、唯一自然の岸辺が残されていた区間が、河川工事によってついに改悪、一直線になってしまった。私が小中学生のころから親しみ、多くを学んできた川です。

気づいたのは4月8日。ことし初めてのフナ釣りに出かけたときでした。中洲を浚渫しているユンボ(ショベルカー)を見て「やっときっちり川の中を浚渫をし始めたな」と、安堵(あんど)すら覚えたのもつかの間。最後に残されていた自然の岸や、古い石垣を積んだ岸辺が土砂でまっすぐに埋め立てられているではないか。



この工事については少し説明がいります。
浚渫工事の開始に気づいたのは昨年の丁度同じころ。川岸にユンボが入って作業しているのを見て川の危機を感じ、井上ひでゆき県会議員に連絡しました。議員とともに県庁の出先である東播磨県民局に出向いて工事内容の説明を受けたわけです。曇川は1級河川ではないので工事は兵庫県が担当します。
完全なコンクリート護岸にするのかと恐れたのでしたが、実際には工事内容はまともなものでした。近年浚渫、つまりは川の底さらいをやっていなかったので川底に土砂がたまりすぎている。底上げされた川は洪水が起きやすい状態になっているので、底泥をさらって運び出すといいます。川岸もついでに泥で塗り固めて少し直線化するが、コンクリ化はしないし、する予算もない。そういう説明でした。けんか腰で行ったのに拍子抜けです。まあ、よかった。
それが今年になって、やや下流部分、曇川の最後に残った曇川らしい部分の浚渫が始まります。(誤解なきよう、浚渫自体は必要な工事です)
工事区間は、ほとんどの区間がコンクリの2面張りになってしまった曇川でも自然の岸と、古い石垣が最後にのこされた区間です。用水が流れ込む影響もあって中洲ができやすい場所ですが、過去の浚渫工事ではできた中洲をすくって運び出す作業だけが実施されてきました。(下の地形図で、右上部から流れてくるのが用水路、右下部から流れているのが曇川。合流点に中洲があるのが地図でもはっきり見える)

ところが、今回は最後に残ったマトモな岸辺を塗りつぶしている。下の写真(2005年4月撮影)で知人3人の背景の川ぞいに石垣がありますが、これも消滅してしまった。

12日、県民局の加古川土木事務所・河川砂防課長に説明を求めました。こんどはほんとうにケンカ腰です。20年親しんできた川がいきなり消滅したのですから。応じたのは4月から着任したばかりの課長でした。着任直後なので武士の情けで名前は伏せます。彼の発言の要旨は以下です。
一、泥を岸に塗りつけるのは水の流下抵抗を減らして水をスムーズに流し去るため。洪水が民家に及ぶのを防ぐ。
一、曇川のこの部分が周辺で唯一残った自然の岸辺だという認識はなく、環境に配慮するアイデアは出なかった。
一、近自然工法などを実施できなかったのは、予算の関係、つまり金がなかったから。
流下抵抗をうんぬんするのは詭弁でしょう。この周辺はもともと床下浸水によく見舞われますが、こんな狭い一部分の岸を塗り固めたところでこれまでどおり溢(あふ)れるものは溢れます。だいいちこの塗り固め部分、つまり左岸側ですが、ここは小高い丘の裾で付近に民家はありません。民家は右岸側です。岸を泥で塗り固めるより、河床をさらに掘り下げるほうがよっぽど効果があるでしょう。
私がカヌーツーリングやフィールドワークのホームグラウンドにしてきた高知県の四万十川でも、同じようなケースがありました。旧西土佐村(現中村市西土佐)の口屋内という部落があります。ここに大きな中洲ができた。すると、岸のうち組成が岩盤ではなく土でできているところに力が集中し、岸は大きく掘れ込んでいきました。半端な掘れかたではありません。けっきょく蛇篭(じゃかご)などを用いての岸の護岸が必要になってしまった。ここから考えても川岸への力の集中を阻止するのに効果的なのは岸の塗り固め(それも土砂による)ではなく、より深く河床を掘り下げることでしょう。
ちょっと脱線しましたが、つまりこの曇川の最後に残った自然河岸の塗り固めは、
洪水の抑止へは寄与せず、
川の生物への影響は甚大
そういう泥塗り工事だということです。「環境か水害抑止か」というような高級な問題ではありません。洪水抑止への貢献はどうみても少ないし、環境なんか顧みていないことは同課長の発言からも明白です。
県当局と話していてわかったのですが、こうした小さな河川の改修工事では影響を受ける住民も少ないし、環境など顧みずに工事が進められても、反対意見が上がるのはさらにまれなのですね。
今日初めて気づきました。こうして日本の小さな小川は次から次へと塗り固められ、窒息し、死に絶えたのだと。だれも声をあげる人がいなかった。
そしてもう1つの問題は、昨年私たちとともに井上ひでゆき議員までが意気に感じて県に出向いて環境に配慮した工事をするよう注意をうながしたというのに、今年同議員にすらなんの連絡もなく工事が始まり、すでに岸を埋めてしまったということです。なんのために注意を促しに行ったのか。
この問題、継続して取り上げます。
岡本さん久しぶり、稲作のサトケンです。
自分自身は勉強不足でその護岸工事が環境にどのような影響を与えるのか想像できません。川というものはあるがままにしておくと自由自在にうねってしまうだろうから、結局人間とどこかで対立することになるんだろう,そういうことでしょうね。
農業に携わり始めて色々わかったことがあるんだけど、川に沿って並ぶ田んぼには遊水池の機能もあるようです。コンクリートで塗り固めきっちり水を外に出さないイメージがありますが、そんな現代でも普通に川の水があふれて田んぼが水浸しになる地区があります。そこで水があふれることで下流の集落が守られるということもあったらしい。昔の人々は沿岸の地形や川の性質を良く理解していたのでしょうね。川と人間の共生関係のようなものが伺える気がしています。
でも、現代では農家のせがれがそこに家を建てたりする。田んぼの中に一軒家。多少昔の話も聞いてるだろうけど、そりゃ危ないぜ。宅地も欲しいんだろうけど,そこは危ないよ。一等地の田んぼを次々と飲み込んでトヨタの輸送基地がどーんとオープンした。そこも洪水癖のあるところと聞いていますが。。。
やっぱり国土が狭いからか、土地があれば,道があれば、所構わず開発してしまうんでしょうね。。。川と人間の関係は全く敵対関係になってしまったんでしょう。
それでは岡本さん、お元気で。またマニラで。。。
[2006/04/14 23:31]
サトケン
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無意味且つ有害な工事。気が重いですね。だまし討ちのような形で起工したことが何とも悲しくなります。もう止められないのでしょうか。固めてしまった河川を元通りに戻す風向きは日本に有るのでしょうか。
[2006/04/14 16:59]
うつ
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曇川、いい川ですねぇ。それが下の写真へ移るにしたがって表情が消えてゆくのには胸が痛みます。
無目的に護岸(?)工事をするのも許せませんが、騙まし討ちするようなやり方も気に入りません。彼らをそこまで駆り立てるものってなんなのでしょう?
この後、どうなっていくのか、非常に心配です。
我が家の家の下に流れる西野川も河川工事が20年前から始まり、今年の8月にはいよいよ我が家の家の前が着工となります。市内に住む元藁葺き職人の方は麦畑の消滅とともに職を変え、ツガニ採りを唯一の楽しみにしていましたが、「コンクリートの灰汁が出るようになったらもうツガニは上ってこん」と嘆いていました。司馬遼太郎のオランダ紀行にオランダには自然石がないので外国から購入して海岸の護岸工事を自然石でやっている、というような内容のことが書いてありましたが、日本人がそのような感覚になるにはまだまだ先でしょうね。酸性雨もあるし、自然災害でコンクリート護岸の弱さが何千回も繰り返されているうちにそろそろあきらめるかもしれません。だいたい、もともとカルシウムが少ないようなところへコンクリートで固めてあるので人間が滅んだ後、案外貴重な固まりだったりして。
最近、タナゴの繁殖に凝っているので微生物、二枚貝、ヨシノボリ、タナゴ、という循環を小さな畑と田圃と庭、揚水風車の組み合わせで早く確立させて、来るべき時に備えたいと思う(笑)。
自分の身近な自然が失われていくことの重大さ、無くなって初めて気づくんでしょうね。私も頭では分かっていても、今回のWatcherで改めて心で感じたというか。でもびっくりなのが、工事の責任者が意外と何も考えてなかったということ。私は専門家がちゃんと考えたうえで工事するものとばかり...。
自分で見て、考えて、行動する、そういうことの大切さを実感。そして行動することで、少しでも自然を残すことができたら。
見ました。
[2006/04/14 10:02]
益田和之
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これで釣りもできなくなるのでしょうか。。。
うちの実家でも山を切り崩し意味のない道路を造る計画が出ているそうだ。目的の分からないのが一番腹立だしい。
[2006/04/14 09:34]
なみ
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加古川って都会だと思っていたけど、こんな川が残っているんだね。河原のお茶会(?)のスリーショットは印象的、残念だ。
川にしろ山にしろ、それが役に立つから、楽しみに繋がるから、人間はそれを大事にするんだと思う。高知でカワウソの調査をしているとき、小さな集落を流れる3面護岸の上から、真っ昼間にガラガラとガラスやら缶やら投げ捨てるオッサンがいた。彼は自宅の前からゴミをほおった。きっと川で子供たちが遊んだり、野菜を洗った時代なら、こんなスゴイことしないんだろうな。護岸により川との関わりを失ってしまった時から、彼にとって川は単なるゴミ捨て場となってしまったんだろう。曇川もこのまま荒廃がすすめば、いずれ河原のお茶会もできなくなる。世論を喚起して盛大なお茶会を催し、アホな行政に圧力をかけたらどうか?がんばれ!
[2006/04/14 01:41]
るとら
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なにしとんやろな〜ほんまに。
明日、見てきます。
残念でしたね。というか、ぶっ壊そう!ぶっ壊して、また元に戻せばよい!笑。それは、本気半分、冗談半分だけども、取り戻せば良いと思いますよ。加古川の自然を取り戻せるのは、加古川で育った市民だけかもしれません。
というか、こういうのって市民への説明会とか開催されないんすかね?事前調査はどれだけやったんだろうかね?市の説明責任を問う集会とか開いてみてはどう?でも、議員を使うのが一番早くて効果あると思うな。
でも、未来の加古川市民社会を考えたら、議員に頼らず自分達の手で取り戻す方法もあるかもしれませんな。
がんばって!加古川のガンジー!
こ〜ゆ〜開発を止めるのは、一人でもいいから、自然に関心を持つことだと思うのであります。
イヌの散歩でも何でもいい、誰かしら「あれっ?昨日と状況が違うぞ?」と関心を向けることでしょう。
俺のフィールドも、木々にピンクの蛍光テープが巻かれているのに気が付いたとき、住宅開発問題が、のっぴきならないところまで進んでいました。
[2006/04/13 23:47]
くまがい
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そうなんや、そうなんか。
難しいことはわからないけど、単純に感じたのは、
最近ロハス的生活が注目されたり、
定年後はゆっくり田舎暮らし・・・って
み〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んな言うのに、なのにこういうことがおきるんだよね。
矛盾にもきづかない矛盾・・・
そして、そういうことにつながると思わずに工事を進めたその人、わかる気がする。
例えば
社員A「おまえ、俺の大切な書類捨てたやろ〜〜」
社員B「えっそんなん関係ないですよ〜
僕にはゴミだったんですから」
こんな感じだったんだともう。
私の家の横の溝も昔は蛍がいっぱいいて、毎年おとうさんと眺めてました。
だから蛍は夏って知った、そんな
溝も、今はコンクリートで固められてます。
確かに道幅は広がったけど・・・
でも、実際近辺で幼かったと言えども私も含め、それに講義した人はいなかったのです。
きっとそういう工事がされてても、それがどういう工事か、みんなわからないし、
知ろうともしない。
そして、それに敏感な人が周りにもいない。
わたしもあっちんを知らなかったら、考えることはなかったでしょう。
きっかけが大切。
もし、何億という大金が曇川に眠ってたとすれば、
河岸の塗り固めは、きっと行われず、河床掘りはほって、ほってほり下げられていたでしょうね。
[2006/04/13 23:15]
まき
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ひどい話です。この岸の塗り固め、元に戻すことはもう不可能なのでしょうか?次報を待っています。
[2006/04/13 22:29]
azu
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お久しぶり〜。
残念な工事ですね。元々自然とかそういう目線が無いということが問題でしょう。
うちの村でも、鶏舎を建てている横に綺麗な山水が流れる幅3メートルほどの、ほぼ自然のままの小川がありますが、そこも毎年少しずつ上流へ向かって川の形をまっすぐにし、3面をコンクリで固める工事を進めています。今年も1ヶ月ほど前に工事が終わりました。
Uターンしてきたころ工事に気付いて、土木事務所へ「あんなとこ、工事しても何のメリットが?コンクリにしたら綺麗な自然が台無しやし、生き物にも悪影響があるんじゃ?」という話をしたことがありましたが、「もう何十年も前から決まっている工事で用地買収も終わっているし、近年は川底に土を残したり、平らにならないようにする配慮はしている」ということでした。
もう計画の半分以上は進んでいて、コンクリにしたお陰で水流が早くなり、下流には膨大な土砂がたまるようになり、年1回の村総出の溝掃除が徐々に大変になっています。
こういうのって、決まったら変わらないんですよね。もうあきらめているというか、土地売却でお金をもらった人達が同じ村内にいることもあり、周りにも言いにくいですね。
地元の自然を大切にしようとか、そういう気持ちが湧いてこないのかなぁ・・・。と少し悲しくなります。
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