曇川(くもりがわ)の護岸問題で、13日午後、井上ひでゆき県会議員とともに東播磨県民局(兵庫県庁の出張所)へ出向きました。
誤解なきよう願いたいのですが、これは県会議員という「虎の威」を借りてねじ込むためではありません。前日に県民局にひとりで乗り込んだ話を井上議員にしたところ、
「去年わざわざ出向いて環境に配慮せえ言うとるのに、なめとるんか」(発言のママ)
と、直接「殴り込む」ことになったわけです。
今日も12日と同じ県土整備部・加古川土木事務所の河川砂防課長が応対に出ました。
はっきりしたのは、土砂による曇川の護岸工事はけっきょく環境への配慮はまったくなかったということ。そして、県の職員というのはこういうふうにして毎日強大な権力を無自覚に行使しているということでした。
同課長は、議員に対しては平謝りでした。われわれから昨年環境に配慮するよう申し入れがあったことを、前任者からまったく聞いていなかったようです。
一方でわたしの逐一の質問に対してはこのように答えます。
──唯一残った自然河岸を土砂で安易に埋め立てて岸辺の木立を刈り払うと生物への影響は大きい。かたや洪水抑止効果はほとんどない。コストとメリットの軽重を取り違えていないか。
課長「その点はなんとも言えない」
──土砂の護岸にほんとうに洪水抑止効果はあるのか。
課長「岸を埋めることで、何らかのプラスαの効果はあると思っている」
──環境に配慮した工事ができなかったのはなぜか。
課長「前任者の判断です」
──護岸をやり直す気はないか。
課長「やり直す気はありません」
より生物の住み着きやすい工法にできなかったのかと尋ねても、結局は予算が足りないと言う。さらに「土が削れてそのうち植物が生えていい環境になる」とまでいう。バカな。それならもとのままでいいではないか。「石積みができる石工(いしく)がもういないのです」とも言いますが、環境に配慮する気は最初からなかったことを認めているわけですから、たんなる言い訳じゃないか。
以前、娘の小学校の20周年記念行事がありました。
当時PTA会長だった俺は、式典のために準備委員会を立ち上げたり、いろいろと動いていたのですが、校長から「来年だ」と言われたのです。
そんなはずはないのですが、どうやら10周年の連中が1年間違えて11年目に式典をやっていたのだそうです。
「だから自分たちも21年目にやらないと、前任者に恥をかかせることになる」
のだそうで・・・。
間違いを正すどころか、間違いを順送りにして、いつのまにか正しいことにしてしまうのでしょうね。
最初の人が、苦くて吐き戻したのを見て、順番に茶碗にお茶を吐き戻した。という落語の「茶の湯」を笑えません。
[2006/04/15 12:18]
くまがい
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