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日本人が強い場面、弱い場面 

 韓国でカワウソ調査をしながら、今回も近現代史が好きなヤマダさんと戦争の話になる。

 対話をもとに今回は日本人の特徴を強い局面と弱い局面で分析してみた。あくまで思いつきです。



(1)日本人が強い場面
全体の目的がおおむね自明的に決まっており、あとは各部署・各個人が自律的に努力すれば自動的に結果をつながっていく場面。ほとんどリーダーシップや組織的強さというものが必要ない。

→伝統的に日本人が世界最強のパフォーマンスを示す場面である
→高度な倫理観と教育を合わせ持った人員が必要
→現場の工夫が組織に反映されていくことで組織は自律的な成長をしていく
→自律的な成長は、ある時点から部分最適となりついにはガラパゴス化に陥りやすいことに注意
→典型例は高度経済成長



(2)日本人が弱い場面
リーダーが長期的な視野で目標をはっきり打ち立て(自動的にできるものではないことに留意)、各部署・各個人が役割分担をしっかりこなすことで結果を出していく段階。正確な上意下達と、全体の目標を逸脱しない能力が必要となる。

→伝統的に日本人が苦手とする場。つまり混乱期にこの弱みが出やすい
→リーダー待望論が叫ばれるが誰がリーダーなのか分かっていない
→優れたリーダーが必要だが、実は優れた人をリーダーに選び育てる能力がもっとも必要
→リーダーシップはフォロワーシップが不足している場合には機能しない
→言われたこと以上の仕事をしてしまう日本人は、時として言われたことしかしない人間より始末が悪い
→典型例は第二次世界大戦の敗戦



 (1)の好例が高度経済成長期である。「追いつけ、追い越せ」。日本人の目標ははっきりしていた。というより自明であった。世界的に日本人の労働コストは安く、得意な研究熱心さと手先の起用さを駆使して一生懸命働けば、自動的に世界の企業にたいして圧倒的な強みをもった製品を作ることができた。

 (2)の好例は、第二次大戦の敗戦だ。大東亜共栄圏という目標はあったかもしれないが、指揮系統がはっきりしないまま、石油もないのに世界最大の産油国の米国に戦争を挑んでしまった。それでもめちゃくちゃに努力する国民性は悲劇を生んだ。テキサスの油井にたいして松根油で挑み、絨毯爆撃にたいして竹槍で対峙しようとしたのだから。

 日本のガラケーは世界の潮流から取り残されて絶滅してしまったわけだが、竹槍は究極のガラパゴス化といってもいいかもしれない。



 ラグビー日本代表のエディ・ジョーンズ監督が、南アフリカに対するジャイアントキリング(大番狂わせ)を導くことに成功したのは、日本の歴史ではめずらしい例と言えるかもしれない。

 なぜなら(1)の長所と(2)の長所の合わせ技で成功したからだ。

 彼がリーダーシップを発揮してすぐれた目標をはっきりと打ち立てたことと、目標にたいしてめちゃくちゃな努力を脇目をふらず(これがだいじ)勤勉にやりぬいたこと。チェリーブロッサムズの選手たちは余計なことはしなかったはずだ。たぶんエディの指示は肉体的にキツすぎて、短いワールドカップ準備期間によそごとに使う余力はなかったはずだから。

 日本の復活のしかたの一方策として、こうした「世界の定番」的な勝ち方は意識しておく必要があるだろう。

 おそらく勝ち方には他にも方法はある。まだわたしには言語化できていないけれど。




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[2016/11/01 22:35] よもやまコメント | トラックバック(-) | コメント(-)



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