仕事の本質 

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 (株)ムサシで就労時間の短縮をはじめたのが2年前だ。その翌年から電通の女性社員が自殺したりして残業がやたらニュースになりはじめて驚いた展開になった。

 ウチの場合「残業禁止」とは言わずに、「早く帰って家族といっしょに夕食を食べようデー」という長ったらしいけれどプラスの意味をこめた名前にした。「禁止」というワードは心が浮き立たないし、なんのための就業時間の短縮なのかぼやける。「仕事もおもしろいけれど、人生を楽しむために早く帰ろうぜ」という意思と目的を表現したのである。

 ルールを説明すると1年を3カ月ずつ4期にわけて徐々に早帰りデーをふやしていく。初年度の対象は金曜日だ。花金だし金曜日に早く帰宅すると週末とのつながりがウルワシイのでそうした。1期目(1─3カ月目)は毎月の第1金曜日だけが1730時に強制退社になる。同時刻5分まえになると幹部社員が電灯を消してまわり、PCの電源をおとすよううながしてまわる。

 いちおう強制なのだが、そのために自分の仕事の段取りをくふうし、定時で終わりそうにないときはみんなで協力して実現するのがルールになっている。

 せっかく会社というチームでやっているのだから、組織力を使わない手はない。人間、自分のためにがんばるのはつらいが、他人に頼まれたことは案外がんばりやすいものである。全員の業務がギリギリという状況はありえないない。誰かが忙しいときは誰かの手が空いているものである。

 2期目(4─6カ月目)に入ると第1・第3金曜日が早帰りの対象日になる。3期目(7─9カ月目)は第1・第2・第3金曜日、そして4期目にはすべての金曜日が──というわけだ。こうして1年で金曜日をすべて早帰りにし、翌年からは別の曜日が対象日になる。

 今月で2年目が終わろうとしていて、すべての水曜日と金曜日が早帰りになっている。来月からはあらたに月曜日が対象日だ。1年すれば月・水・金が早帰りデーになる。

 いまのところうまくいっている。成功の理由は「ルール」とか「義務」とか「禁止」とか否定的なワードをつかわないこと、そして従業員どうしで協力をすることが重要だったとおもう。あとは楽しむことだ。楽しくないことなど誰がやるものか。あと、それでも20分くらい居残らざるをえないスタッフが1人くらいいるときは、これはもうやむを得ない状況なのでつきあってやることだ。どうせ20分のはなしなのだから。それくらいの愛敬と許容度はあってもいいだろう。



 2年とははやいもので、いまは世間のニュースは生産性にフォーカスがあてられるようになった。

 仕事とは「依頼と締切」があってはじめて成立するものだというのは、ジャーナリストの日垣隆さんにおしえられたことだ。

 業務時間が長さが問題になっているが、時間にばかりフォーカスしておかしな議論になっているようにしかみえない。そもそも仕事においてだいじなのは業務時間つまり過程ではない。「何をやり終えるか」「何をうみだすか」つまり結果である。

 海外通販でものを買うときに、たとえばアメリカ人とやりとりをすると「ハーイ。今回の注文だけど、あなたの注文した商品はいま青が欠品してるから白でいいかな。ボブ」みたいな感じであっさりと話が始まっていきなりおわる。これが日本の通販だと「岡本様いつもご愛顧ありがとうございます。このたびは数あるショップのなかから当店をお選びいただきありがとうございます。さて、このたびのご注文について……」などとほしくもない意味のない前振りがかならず書いてある。

 これはえらい効率のちがいだ。アメリカ式でいいのだ。白でいいかどうか聞くだけなのだから、客が平素から日々ご清祥であるかどうかとか、ぜんぜん関係ない。

 「結果にコミットする」のはライザップだが、締切までに結果がでればそれでいいのがビジネスなのだ。

 日本には残業問題を論じる以前に根本的な問題があるとおもう。ビジネスにだいじなのは会社に何時間滞在するかではない。「いつまでに何をしあげるか」だ。なのに「会社に何時間滞在するか」を課題にしている人間がいるわけだ。時間で労働者をしばる法律じたいが陳腐化しているのに、その法律にしたがって議論をしているおかしさ。

 根本的に「仕事ってなに?」という共通認識が共有されていないのだ。仕事=アウトプットのことだと思ってる人と仕事=在社時間のことだと思っている人とが同居しているのだ。アウトプット高めようとしている人間と、残業すれば残業手当がついて給料が1.2倍になるから居残りたがっている人間とかいっしょに議論されている。

 大多数のサラリーマンのように1日単位で働いているのであれば

(1)今日の終業までに
(2)何を完了するか

がまず基本になるだろう。時間の使いかたや場所など本質的な問題ではない。結果的に価値を生めば会社の滞在時間が15分でもいいし在宅労働でもいいのである。
 飛躍がゆるされるなら、これは究極的には死という最終〆切までに人生で何をやるかにも直結してくる。死ぬまでに何をしたいか。たんに息をして生きていればいいのか、何をするために生きていくのか。魅力的な人や人生とはおそらく後者であるはずだ。

 とにかくまず日本人はその労働観を「時間つぶし」から「アウトプット」に変更することだ。そこからしかはじまらない。日に日に手遅れの感が強まるばかりだ。




[2018/03/21 01:24] 会社経営 / ビジネス | トラックバック(-) | コメント(-)