日々全力では生きません 

 「日々全力で生きてるか?」とビジネス幹部の研修などでよく問われる。「今日を生ききったか?」みたいな言い方がなされる。

 毎日毎日全力で生きるのはアホのすることだ。

 平和だからこそそんなのんきなことを言ってられるのであって、全力を使い切っていたら不測の事件が起きたときになにも対応できない。「変化の時代に対応」とか言って毎日全力で走りまわりたがるひとがいるが、予測不能なほどのとんでもない不測の事態を無視しているからそんなことができるのだ。

 ヒーローきどりでヘロヘロになるまで毎日働き疲れて、いざという時に対応できるわけがない。「毎日全力」という生き方考え方そのものが平和ボケなのだ。まあじっさい平和な現代社会、しかも日本ではしかたないのかもしれない。

 おれは全力を使い切らない。もし使い切る日や疲弊する日がつづいたらそれはかなり危険な徴候なので、いちはやくそういう状態を脱するために努力の方向性を変える。



 「なんとなくヤバい気がする」という感覚は鋭敏なほうがいい。要は勘だ。

 しかし全力を使い切って感覚が摩耗している人間は勘が鈍る。このため「なんとはなしのヤバさ」に感づくことができない。がんばればがんばるほどヤバいことになっていく。

 フリーのジャーナリストをめざして東京に住もうと考えたことがあった。しかし、他のことはガマンできても、あの満員電車だけはどうにもガマンできそうになかった。

 あのヤバさに東京の人は気づいていないのだろうか。いろんなスイッチをオフにしないとあんなものに耐えられるはずがない。あんなものに耐えられるようになったらおしまいだと思ってけっきょく東京には行かなかった。



 つねにマージンを残すのは、冒険家としては当たり前の心得だ。非常に臆病でいらないところで賭けにでない。冒険家は無謀家ではない。

 そんなわけで会社の経営でもわたしはがんばらないことにしている。「そんな悠長なことは言ってられない。世の中厳しいからがんばるのだ」という人はそういう路線を行けばいい。長続きしないか、なにか起きたときにあっさり破綻する。

 世の中正味厳しいと思っているからこそ、むちゃくちゃがんばらない。頑張らずにできてこそ成功である。



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[2018/04/05 03:45] 会社経営 / ビジネス | トラックバック(-) | コメント(-)