おれは被災地育ちの経営者 

 被災地の義援活動をやっていると、信じられないようなことが実現することがある。

 こうした現象が起きやすいのはとくに被災初期のころだ。

 被災者もふだん薄くなっているコミュニティや親族の付き合いが困ってる者どうしで一気に復活し、なんでも無料でやりまっせのボランティアや、金なら出しまっせという企業がみんな一丸となるんだから、すんごいことになる。

 人・物・カネがそろい、意思はもとより明確という、とんでもないチームがいきなり生成されるわけだ。

 その好例が東日本大震災で宮城県歌津半島の「未来道」だ。半島の先端で孤立した集落から内陸部の主要道まで、埼玉県のはすだ支援隊をはじめとするものすごい数のボランティアが用地交渉をし、完全な山林を切り開いて道路を作ってしまった。おれも仲間とここに行っては樹木の伐採なんかを手伝ったわけだ。

 これが会社の経営に生きている。

 あるプロジェクトが「とんでもなくうまくいくときの条件」は「こんな雰囲気になったときだ」というのが身体でわかるからだ。この経験は経済がずっと低調な日本でふつうに働いているとほとんどできない。

 バブル世代もこれは経験していない。あの時期は何をやってもアホみたいにもうかっていたわけだから、「圧倒的逆境に一丸となって立ち向かう」というハリウッド映画ばりの状況ではない。

 どっちかというと圧倒的に孤独が好きだったおれが、かなり意識的にアジテーターっぽくなってしまったのも東日本大震災の「おかげ」というか「せい」というか。とにかく人生が変わったのはまちがいがないところだ。

 爾来なにをやるにしても、あの未来道を目指しているのに近いところがある。

 今回はすだ支援隊の小森さん、中山さんと広島県三原市の被災地でいっしょに作業をすることができた。じつはすれちがいばかりで東北でもその後の熊本でも会っていないのである。

 しかしたぶん二人の目はおれとおなじものを確信に満ちて見ているのだろう。だからお互い引け目もてらいもなく不謹慎とはまったくかけはなれたレベルで「ボランティアはおもしろい」と自信を持って言えるのである。

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[2018/07/19 12:03] 2018西日本七夕水害 | トラックバック(-) | コメント(-)