土曜日の甲南合気会のほかに、水曜日にも芦屋合気会のお稽古にも参加することにした。これで週2回合気道の稽古ができることになる。週に1回しかないと、稽古自体がお休みだったりやむをえず参加できなかったりしたばあいに2週間もの時間が空いてしまう。すると体がこれまで33年間連日培ってきた普通の動きと感覚に戻ってしまうのである。
できるだけ詰めて稽古し、はやくもっとおもしろく合気道をやりたい。無敵の境地に達したい。杖術も抜刀術もやりたい。ノロノロしている暇はない。
今年は夏にアラスカに3週間くらい行くつもりでいたが、これも断念した。
冒険とは何かというと、これまで誰もやらなかったことを命がけでやることである。私はもともと堀江謙一とか今西錦司とか白瀬矗とかロアール・アムンゼンとか本多勝一とかアーネスト・シャクルトン(注)とかにおおいに影響されて冒険家か探検家になりたかったのだけれど、地理的冒険のために残された場所はもう地上にない。
手癖みたいなもので今もアウトドアが好きで、なかでも長期にわたるミニマリスティックでサバイバルなツーリングがいちばん性に合うなのだけれど、これは単なる趣味だ。べつに冒険でもなんでもない。過去のアラスカや南米の長距離単独カヌーツーリングの話などをすると「冒険家やねー」と言われるが、そんなもの断じて冒険ではない。尊敬する大先達にたいして失礼というものだ。
その手癖のために今年はひさしぶりにアラスカに行こうかと思ったのだけれど、それより今日的な意義があるのが、合気道だと思った。
そとに向かう地理的冒険よりも、内へ向かう合気道のほうが今日の人類的大冒険だと思う。人間の体のことというのは怖いくらい分かっていないからだ。
鍼灸師のナガオカ君が、先週末、東京であった池上六朗先生の三軸修正法の講習会に参加してきた。ナガオカ君はその夜に興奮して電話してきたのだが「今夜はあまりに興奮してますので」というので次の夜にとっくり話し込む。
ナガオカ君の話を私のつたない脳みそが理解したところによると、人体はひじょうに小さな外界からの入力に影響されて修正をしながら成り立っていて、その敏感さというのはたとえば私とナガオカ君が話しているところに誰か第3者が近づいてくるだけで変わってしまうものらしい。極端には、医者に治ると念じられただけで体が微調整を行ってしまう。
こういうことを書くと「おい最近岡本はヤバくなってきたぞ」と思われるかもしれないが、たんに事実なのだ。そういう講習会だったそうだ。怪しい宗教と違うのは、教祖たるべき池上先生自身が
「なんでそういうことが起きるのかは分かりません。誰か研究してください」
とおっしゃるところである。こういう方は信用できるのだ。
たしかに人間の体は想像をはるかに越えて敏感なもののようだ。私が合気道に入門したのは今年の2月であるが、以来、クルマを運転したときに必ずもよおしていた左首筋の原因不明の鋭い痛みが消えうせた。なぜかはもちろん分からないけれど、体というのはものすごいスピードで「別物」になっているのは確かなのだ。
この春、盛岡市でピラティス(西洋式ヨガ、もしくはリハビリ体操みたいなの)をコーチしている大学時代の後輩の女性に会った。この伊藤美奈子ちゃん(言っちゃった)によると、人体に入った水は30秒で体細胞に浸透しはじめ、排出されるのは2カ月後だとか。酔眼トークだったので数字はうろおぼえですが、とにかく体が摂取したものはすごいスピードで体に取り込まれるらしい。
『生物と無生物のあいだ』(福岡伸一著、講談社現代新書)を読むと、体の構成物のうち特に安定していそうな脂肪(ダイエットは苦労しますからね)ですら、中の原子はどんどん入れ替わる。シェーンハイマーが行った歴史的に有名な実験では、成熟したネズミに標識したアミノ酸を3日間投与すると、その56.6%が体内にとどまったそうだ。しかも標識した原子は体中いたるところで見つかる。
「脂肪細胞は驚くべき速さで、その中身を入れ替えながら、見かけ上、ためている風をよそおっているのだ。すべての原子は生命体の中を流れ、通り抜けているのである。
よく私たちはしばしば知人と久闊を叙するとき、『お変わりありませんね』などと挨拶を交わすが、半年、あるいは一年ほど会わずにいれば、分子のレベルでは我々はすっかり入れ替わっていて、お変わりありまくりなのである。かつてあなたの一部であった原子や分子はもうすでにあなたの内部には存在しない。」
とすると、合気道を始めて3カ月を経た私の体は、2月時点での構成分子を小便や雲古や汗や吐息としてじゃんじゃん捨て去り、かわりにその相当部分を2月以降に食べたカニや春キャベツや山菜の原子で置き換えたことになる。私はすでに半ば別人のネオ・アツシであるということである。
そう考えると、首筋の痛みがなくなるくらいのことが起きるのも不思議はないように思う。
そんな物流スピードがこの体を成り立たせて毎日変化させているのだと思うと、本日の合気道のお稽古にも身が入ろうというものなのである。
(注)このアーネスト・シャクルトン卿の実話とは思えないような極地探検をつづった『エンデュアランス号漂流』(アルフレッド・ランシング著、新潮文庫)は私のオールタイム・ベスト・ワンなので黙って買って読んでください。もしこの本がおもしろくなかったら死んでもいいです。
おやおや・・・「エンデュアランス号漂流」・・・先日読み終わったばっかりです!
ま〜〜たまた、あっちゃんと「出典」が同じになっちゃいそうですね。
絶対にお薦め「オオカミに冬なし」エンデュアランス号は南極海での話ですが、これは北極海でのお話です。
[2008/05/18 19:59]
くまがい
[
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