周囲が人間ドックに行くよう薦める。あまりに薦める。
おおよそ直感的に行かないほうがトクだろうと判断していたのだが、ネットで手に入る厚生労働省のデータを見るだけでも、やっぱり行かないほうがいいと思った。
私はまだ33歳である。
ちょっと古いが厚労省の平成15年の統計では、30─35歳の男性の全死亡率は人口10万人あたり85人(0.085%)となっている。つまり1176人に1人。
いちばん元気なさかりだからやっぱり少ないが、さらにこの年代の死亡原因は自殺(32.9%)と事故(15.2%)でほぼ半数を占めてしまい、人間ドックでラッキーにも引っかかってくれる可能性のある成人病は
心疾患(9.3%)
悪性新生物(8.2%)
脳血管疾患(3.3%)
となっている。合計20.8%。10万人あたり17.68人。つまり5656人に1人が30代前半に成人病で死ぬことになる。少なすぎないだろうか、人間ドックにわざわざ入って調べてもらうには。
30代前半の男ばかりで満員の甲子園(5万人)の客席にたった9個ファウルボールが飛び込み、それがぶち当たる1人に選ばれるような確立というわけである。リスクと言うにはあまりに低すぎる。去年甲子園でファウルボールをキャッチした私が言うのだから、まちがいない。
さらに、すべての病気がドックで検知できるわけではない。以上のような簡単な計算から推しても、俺が人間ドックに入って成人病で死ぬ病気であることが発覚する可能性は、あまりにも低いわけである。
それよりデメリットのほうが圧倒的に大きい。
というのは、まずドックに入って検査でひっかかってしまったら、病気でもないのに心配だけさせられてしまう可能性がほうが高いのである。
周囲の体験を聞いても、実際検査に引っかかっても病気じゃない場合のほうがずっと多い。余命まで告げられて「じつは病気じゃなかった」という例もあるし、手術までしたが実際に見てみたらなんともなかったという話もある。
こんな「重病患者」にされた側の肉体的・精神的ストレスはいかばかりか。この強度のストレスは明白に医療がわざわざ作り出したものだ。問題は、「患者」が実は健康体だったと判断されたことを喜ぶあまり、最初から人間ドックにさえ行かなければ平穏な人生が続いていたはずであることを忘れてしまうことにある。
「健康診断したほうが寿命が縮む」というデータも厳然としてある。類似の指摘をしている本は多数あると思うが、たとえばジャーナリスト・日垣隆氏の対談本『常識はウソだらけ』(WAC BUNKO)の近藤誠・慶応大学講師の章などをごらんいただきたい。
さらに私にとっては、検査にひっかかる以前に、こんな低い確率のために人間ドックに入れ入れとしょっちゅう周囲に小言を言われるほうがよっぽど精神衛生上よくないのである。
加古川、というキーワードで検索し、このサイトを見つけ、色々読ませてもらいました。当方、加古川中流の西脇市出身。現在は、東京暮らしの39歳男性です。
多摩川プロジェクトと称して、羽田から笠取山まで歩き始めて3年。まだ「丹波山村〜笠取山」間を残しています。帰省時に、加古川プロジェクトもしたいな、と思いまして、現在、粟生駅から西脇までは歩きました。特に何をするわけでもないのですが、目に入る風物の一つ一つに東西の違いを感じるなど、ただ歩くだけで楽しいんですね。
宮本常一がお好きだとか。僕も大好きです。仕事と育児に忙殺される毎日ですが、折に触れて読み返したいと思っています。
このサイト、時々読ませてもらいますね。では。
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